第30章 石に花咲く鬼と鬼
「──師範」
「ふぁんふぁ」
「私、今は師範と話しているのですが」
「ふぉれふぁどうひは」
「どうしたも何も、」
路地裏へと杏寿郎を担ぎ運び、周りに誰もいなくなったことを確認して振り返る。
片手で杏寿郎の胴回りを担ぎ、もう片手で口を塞いだまま。体は離したが、片手はまだ杏寿郎の口へと触れている。
その手でむにりと頬を押さえて、蛍は笑顔で頸を傾げた。
「杏寿郎と話している気にしかならないんだけど」
師範ではなくその名を呼べば、こちらへ向いていた金輪の双眸がぱちりと瞬く。
「…ふぉれふぁふぁいほ! ふぁへふあんふれっほふぉうふへ」
「待って何言ってるかわからない流石に」
かと思えばカッと目を見開き塞がれた口が主張を始める。
しかし流石に怒涛のあやふや語は理解が追い付かず、蛍も仕方なしにと塞いでいた手を離した。
「そんなことはない! 俺は柱として最善の策を選んでいるだけだ!」
「さっき私の体調がどうのって言った」
「む。」
鬼である自分は体調管理の心配など無縁のものだ。
それでも杏寿郎が気に掛けるとあらば、思い当たるのは一つだけ。
「飢餓症状だって出てないから、そんなに心配することないと思うんだけど」
鬼だけが持つ人間への食への欲求。
しかし生憎蛍に今、その症状は表れていない。
問いかける蛍に、きりりと上がっていた杏寿郎の太い眉尻が力を抜く。
「…だとしても、この町に着いてから立て続けに人の血を嗅いでいるだろう」
「それは、まぁ…」
町に辿り着いたのはつい先日のこと。
長期任務の目的地である無限列車と関与はしていないが、其処へ着くまでの通り道でもあった。
故に素通りするはずだったこの町で足を止め、鬼殺隊士達が未だ尻尾すら掴めていない切り裂き魔の退治に加担することとなったのだ。
被害者を受けた者は先程の女性の発見が初めてだったが、それまでに幾つもの被害現場の下見はしてきた。
そのどれもが生々しい血痕の跡が残る場所だった。
杏寿郎が危惧しているのは恐らくそれなのだろう。