第30章 石に花咲く鬼と鬼
影網とは。
気になる単語は耳にしたが、今は疑問を口にするより少しでも情報を搔き集め鬼の手掛かりを見つけることが先決だ。
巽は内心頸を傾げながらも、やはり炎柱であっても早々に鬼の発見には至らないのだと肩を落とした。
「今までにも同じような手口で傷付けられた人々を見てきましたが、特に今回の女性は酷いものでした…」
「ふむ…しかし生きてはいた。殺していない。肉を喰らってもいない。…余興なのだろうな」
「……」
己の顎に手をかけ鬼の思考を分析する。
杏寿郎のその言葉に、蛍の唇が強く結ばれる。
あれ程の傷を負わせながら命は奪っていない。
一歩間違えれば失血死していても可笑しくはない有り様だった。
つまり意図的に"そう"なるように傷付けたのだ。
(それも顔を重点的に…人をなんだと思ってるの)
例え命を繋いでも顔の傷は残るかもしれない。
その傷跡を見る度に被害者はこの日の恐怖を思い出すだろう。
ぎり、と鋭い犬歯が覗く歯を食い縛った。
「肉を喰らわれ命を落とした被害者は老若男女に渡りますが、切り傷のみの被害者は主に女性や子供が多い。恐らく人を選び襲っているのだと思います」
「弱い者を狙い甚振る…なんとも趣味の悪い鬼だ。早急に見つけ出さなければ更に被害が広がる」
「…見つけ出せないなら炙り出すまでです」
食い縛る口を開いて、蛍が重く静かな意見を通す。
女であることも子供であることも、一番近しく感じられるのは自分だ。
この世は弱肉強食。
弱い者は常に踏み台にされ、喰らわれる世の中。
しかし弱き者の誰一人も、それを望んでなどいない。
誰が他者に潰されるだけの命の為に、今まで生きてなどいようか。
「その鬼が女子供を襲うのなら、私が餌になります」
悪鬼がそれを求めるのなら、己が極上の餌として飾り立ってやろう。
そうして尻尾を掴んで今度はこちらが喰らうのだ。
私利私欲の為に人を傷付け弄ぶ者には、どんな制裁が下るのか。
闇夜に浮かぶ蛍の瞳は尚も赤く染まり、きりきりと縦に割れた瞳孔を鋭く尖らせた。
思わず巽が息を吞み言葉を止める程に。
「駄目だ」
しかし臆することもなくその意見を否定したのは笑みを消した杏寿郎だった。