第30章 石に花咲く鬼と鬼
「蛍!」
そこへ間髪入れず杏寿郎が到着した。
駆け寄る杏寿郎は蛍とは違い、その目に被害者を映すと素早く辺りを警戒する。
しかし加害者らしき人物の姿はない。
「朔」
女性の傍に膝を着き片手を翳す。
とぷりと蛍の影から泳ぎ上がった小さな黒い金魚が、女性の体を這うように擦れ擦れで泳ぎ始めた。
すると忽ち黒い影が薄い膜のように多い、女性を包んでいく。
「何を…!」
「止血です。弱いけどまだ呼吸はある。血を止めて手当てを急がないと…っ」
一歩遅れて駆け付けた巽が目を剥けば、蛍は女性から目を逸らすことなく端的に告げた。
その眉間には未だ深い皺が刻まれている。
「君、救護班を呼んでくれるか。俺は近くの捜索に当たる」
「はッ」
「蛍はその女性の傍についていてくれ」
「御意」
ひらりと炎の羽織を浮かせ、一人闇の中へと走り去る。
師のその姿をちらりと一瞬目で追うだけで、すぐに蛍の視線は再び女性へと向けられた。
「しっかり…っ必ず助けますからッ」
救護班を呼びに行く間際、巽の耳に届いたのは切羽詰まるような蛍の声だった。
届いていないその声で必死に命を繋ぎ止めるかのように、何度も呼び続ける。
その顔には険しい表情を浮かべていて、記憶の中に不思議と残った。
まるで身内が傷付けられたかのように、歪む顔に。
「──収穫は無しだな!」
その後、隠達が用意した担架により被害者の女性は速やかに鬼殺隊が属する医療機関へと運ばれていった。
程なくして町の全ての見回りを業火のような速さで追えた杏寿郎が合流する。
開口一番。
きっぱりと犯人の手掛かりさえ見つけられなかった結果を告げられ蛍の顔が曇る。
「影網は広げていたけれど、私もそれらしい痕跡は見つけられませんでした…」
「となるとやはり鬼は既にこの町を出ていたのだろう。情報通り逃げ足は速いようだ」
「(影網?)…いつもこの手口なんです。瞬く間に現れては瞬く間に去る。故に鬼の姿を見た隊士は一人もいません」