第30章 石に花咲く鬼と鬼
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ぴくんと小鼻が微かに上を向く。
杏寿郎の傍で待機していた体を背け、ぱっと誰もいない闇の中を見つめたのは蛍だった。
「蛍? どうした」
「……血」
「む?」
「血の匂いがした」
長期任務として任命された無限列車。其処へ向かう途中に耳にした切り裂き魔の事件だった。
隊士達だけではいつまでも尻尾を掴めず犠牲者を出してばかりのその事件に、幸いにも立ち寄ることのできた杏寿郎と蛍が加勢することとなった。
夜町の隅で、隠達から情報を取り入れていたその時だ。
蛍が微かな異変の糸を手繰り寄せたのは。
「見てきます」
一言それだけ告げた蛍の姿が、その場から消える。
軽々跳んだ体は屋根の上にタンと足を着け走り出した。
「え、炎柱…っ」
「蛍が何か見つけたようだ。追うぞ!」
「は、はいッ」
その場にいた複数の隊士の中に、剣士である鬼殺隊士の男──巽(たつみ)もいた。
屋根の上を跳ぶ蛍を視界に捉えたまま、地を駆ける杏寿郎の足の速さもまた尋常ではない。
日輪刀の鍔に手をかけ、いつでも抜刀できる様で駆ける杏寿郎は鬼の出現と見たのか。
(まさかこんなに早く…!?)
あんなにも尻尾を掴ませなかった切り裂き魔が、柱とその継子である鬼と合流した途端に発見となるのか。
困惑と期待とで混じる思いを膨らませながら、巽も必死になって炎の羽織を追いかけた。
足を止めるまでに然程時間はかからなかった。
「──!」
最初にその姿を捉えたのは、夜の闇でもよく見通せる鬼の眼を持つ蛍だ。
電灯が切れた暗い夜道に一人の女性が倒れている。
屋根から地へと飛び下り駆け寄れば、途端に蛍の顔が歪んだ。
(っ…酷い)
仰向けに倒れた着物姿の女性は、一目見てわかる程に全身を切り刻まれていた。
その赤く生々しい跡は顔にまで及び、ほんの数㎜で目元まで届く程だ。
頬にも、顎にも、額にも。ざっくりと赤い線が無惨に広がっている。