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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第30章 石に花咲く鬼と鬼



「あんた、気持ちのいい食いっぷりだな。待ってな」


 かと思えば、空になったどんぶりを下げる際に僅かな笑みを残す。

 他人に特に強い興味も持つことはない。
 粛々と蕎麦を作ることだけに人生を捧げてきた店主がそれだけ目を止める程、杏寿郎は気持ちのいい食事をしていた。

 一口噛み締める度に蕎麦の美味しさに感嘆し、つゆ一滴残さず綺麗に平らげる。
 勢いを殺すことなく何杯目でも初めて食すかのような様子で食い尽くしていくのだ。
 この男になら何杯だって最高の蕎麦を出してやりたいと思えてしまう。


「炎柱。昨夜の働き、見事でした」

「いや。鬼は逃走した後だったからな。負傷したあの女性はどうなった?」

「医師が言うには、傷跡も残らないで済むということです」

「そうか! 処置が早くてよかった」

「はい。ご活躍のお陰です」


 口数の少ない店主は、客の私情に口を挟むことはない。
 更には見渡す限り、店内にいる主な客は杏寿郎の他に酒に酔い潰れているのか隅の席で突っ伏している男。それとは別に壁際の席で背を向け静かに湯呑に口を付けている男だけだ。

 それでも声を落とし情報を提供する鬼殺隊士に、杏寿郎は笑顔を見せた。

 昨夜、一人の女性が切り裂き魔に襲われた。

 忍び寄る気配もなく、突如出現するかのように現れる。
 そしてそれが切り裂き魔と皆が気付く前に、犠牲者を残して去っていく。
 今回の被害者も今までの事例と同じで、発見された時は既に虫の息だった。
 体中は鋭い刃物で切り付けられたように赤い線が巡り、それは容赦なく顔にまで及んでいた。

 女性の顔に無数の傷跡を残した。
 誰であっても許さない事態だろうが、特に憤慨した者がその場に一人いた。


(確かあれは…)


 鬼殺隊士の記憶にも強く残っている。
 誰よりも女性を案じ、手を下した切り裂き魔に怒りを滲ませていた。

 その者は──

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