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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第30章 石に花咲く鬼と鬼



 十中八九、柱の鎹鴉だ。
 どんな思考を巡らせているのか。見当もつかない鳥目を見ていた視線を逸らすと、隊士は蕎麦屋の引き戸に手をかけた。

 鬼殺隊の男性隊士達が着ている一般的な黒い隊服に、薄藍色の羽織を纏う。腰には日輪刀。
 鬼殺隊の中でも重要な剣士という役割を持つその男の階級は丁(ひのと)である。
 上から数えて四番目となる階級の為、隊士の中でも一目は置かれる存在。

 故にこの大事な役を仰せつかったのだと顔を引き締め、横に引いた戸の中へと踏み込んだ。


「──うまいっ」


 踏み込み一歩目。
 すぐさま耳に飛び込んできたのは、静かな店内に響く闊達な声。

 ずずずっ、と威勢よく麺を啜る男が一人。
 店内の中心に置かれた席に座り、出された蕎麦を食していた。


「うまいッ」


 一口啜ってはうまいと叫ぶ。
 二口つゆを含んではうまいと叫ぶ。


「うまい!!」


 三口目。既にその時どんぶりの中は空となっていた。

 派手な金に毛先は朱が混じる焔髪。
 見開いたような金輪の双眸。
 炎を模した羽織を肩にかけたその男こそ、目的人物である柱。

 ごくりと息を飲む。
 意を決して、しかしそれが相手に伝わることはないように。鬼殺隊士は冷静な面持ちで声をかけた。


「炎柱。お食事中、失礼します」


 一礼して告げれば、空となったどんぶりに手を添えたまま射貫くような双眸が向く。

 その男、炎柱の階級を持つ者。
 名は煉獄杏寿郎。


「ああ。ここに座るがいい」


 派手派手しい見た目とは裏腹に、澄んだ空のように通る声を向ける。


「親父さん! この若者にも同じものを!」


 それから目に見える厨房で待機していた店主も呼び止めた。


「よろしいのですか?」

「勿論だ。俺ももう一杯貰おう!」


 柱である杏寿郎に蕎麦を出して貰えるとは。高揚する気持ちがつい声の端に滲み出てしまった。
 いけないと素早く促された向かいの席に座る男に、杏寿郎は更にもう一杯自分用の蕎麦を頼んだ。

 厨房に立っていた初老の男は声もなく一度だけ頷くと、黙々と蕎麦作りに取り掛かった。
 厳格そうなその面持ちに合った性格なのか。

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