第29章 あたら夜《弐》
あれがどう、これがそう、と互いの想いに花を咲かす。
「じゃあ槇寿郎さんとの好きな時間は?」
「父上か? うーむ…」
「…無理に引き出さなくてもいいんだけど…」
「いや。多過ぎてこれだと決め手になるものが中々思いつかない」
「あ、そっち」
楽し気な声は秋夜の風に乗り吹いていく。
「私は槇寿郎さんとお酒を酌み交わした夜かな。今より秋夜も心地良くて」
「あれか。ううむ…あれには俺も参加したかった」
「したでしょ? ちゃんと。祝い酒を飲んだじゃない」
「……」
「ね?」
「…そうだったな」
実際に槇寿郎を前にして酌み交わすことはできなかったが、父の名残が残る酒には手を付けることができた。
それを可能にしてくれたのは、他ならぬこの手の温もりの主だ。
やんわりと頬を緩め杏寿郎も噛み締めるように頷いた。
「だがやはり酒ばかり煽るのはよくないな。次回は別の祝い物を手土産にしよう!」
「えっまだお祝いの品持っていくの?…流石に槇寿郎さんに煙たがられるんじゃ…」
それも束の間。カッと開眼したかと思えば声高らかに次なる案を持ち出す。
「父上が蛍を家族として認めてくれるまで何度だって挑むつもりだ! 手始めにそうだな…鯛などどうだ、祝い物としてぴったりだろう?」
「確かにそうだけど。杏寿郎が食べたいだけだよねそれ」
「そんなことはないぞ!」
「ふぅん…じゃあ鯛は鯛でも、煮つけとかにしよっか」
「…む」
「鯛めしでもいいなぁ」
「…うぬ…」
「鯛茶漬けなんて食べ易いんじゃ」
「鯛の塩焼きはどうだろうかッ!!」
「やっぱり。杏寿郎の好物だよねそれ」
「う……好きなものでは駄目か?」
先程の威勢は何処へやら。伺うように見つめてくる瞳の灯火を受け入れるように、蛍はくすりと口元を綻ばせた。
「ううん。そっちの方が槇寿郎さんだけじゃなくて、千くんも喜ぶと思う。立派な鯛を持って帰らなきゃね」
またあの風呂敷いっぱいに詰め込むように。
そう語る蛍に、伺い見ていた杏寿郎の顔も喜びに染まる。