第29章 あたら夜《弐》
「では次なる長期任務を終える際に、再度お館様に帰省の申請をしてみよう!」
「うん、楽しみっ」
はきはきと通る凛とした声と、柔く鈴の音を転がすような声。
夜風に乗ったその声は煉獄家の塀を越え、松の木を回り、庭を渡って、やがては奥にひっそりと佇む部屋まで届いた。
閉め切っていた襖を開けて、そこに背を凭れながら佇む男の下へ。
屋敷内でも、中庭でも、息子が出立の声を上げる時は一度だって目を向けたことはない。
それが誇らしいとでも言うような顔で息子が向かう先は死の世界。
鬼殺の道なのだ。
悪鬼を滅することで世界を救っている気になっている。
実際には数多の鬼を殺したところで元凶である鬼舞辻無惨には辿り着いていないというのに。
それでも突き進むのだ。
それが善であるかの如く。
それが使命であるかの如く。
嘗ての自分のように。
(…馬鹿者め)
煩い程の声は届いていた。
顔を見ずとも、どんな表情で出立したのかくらいはわかる。
他の誰でもない。
我が息子なのだ。
だからこそ、胸を張っては見送れない。
その道がどんなに残酷なものかを知っている。
つい先日笑い合っていたはずの仲間が、翌日には無惨な骸(むくろ)に成り果てている。
それが当たり前に起こる世界なのだ。
胸を張り、前を向き、柱と成り経て、命を燃やし立っている杏寿郎にもまた、いつそんな死が訪れるか。
「…っ」
気怠げに立っていた槇寿郎の背中が僅かに震える。
感情を抑え込むようにして、誰に向けたこともない小さな小さな激昂を吐いた。
「鬼殺なぞさっさと辞めてしまえ…ッ」
無力さに打ちひしがれようとも、命さえあれば何度だって道は歩み直せるはず。
だから鬼殺隊など辞めてしまえ。
柱などという無意味な肩書など捨ててしまえ。