第29章 あたら夜《弐》
「あんなふうに誰かに熱心に見送られたことなかったから、なんだか胸にじんわりきちゃった。嬉しいものなんだね」
蜜璃やしのぶ達に見送られて鬼殺隊本部を出立した時とはまた違う。
熱心に縋るように、けれど後押しもするように。最後まで見送る千寿郎の瞳は、暗闇の中で灯る小さな炎のようだった。
「槇寿郎さんもきっと見送ってくれていると思うよ。杏寿郎がそうやって父として凄く慕っている姿勢でいくものだから、少し恥ずかしいんじゃないかな」
「そうか?」
「うん。槇寿郎さんは頑固なところがあるけど、ちゃんと見る目も聞く耳も持っていると思う。それと一緒に手も早いだけで」
そう笑う蛍の顔は無理をしているようには見えない。
実際に見た訳ではないが、槇寿郎のその拳を受けたはずだ。
それでも陰りなく笑う蛍の顔に杏寿郎はほっと胸を撫で下ろした。
「きっと杏寿郎が出ていった後にでも、目を向けてくれていると思う。亡き瑠火さんに一途な想いをずっと向けられていられる人だから。きっと強い人だもん」
「そうか…そうだな。確かに父上は強い。しかしだからこそ力の使い方は考えて欲しいものだが…」
「まぁ確かに…杏寿郎にすぐ手を上げる癖は私も見過ごせないし」
「俺のことは構わない。しかし蛍に手を出すのはなんとも」
「え?」
「む。」
ううむ、と顎に手を当て呻る杏寿郎は、いつも槇寿郎を尊敬すべき人物だと肯定していた姿とは重ならない。
ただ大切な人に手を上げることに苦言を申したいのは同感だと蛍が深く頷けば、続いた言葉に耳を疑った。
思わず足と目を止めれば、しまったとばかりに隣を歩む杏寿郎の足も止まる。
「……それって」
「手を出すようなことがあっては嫌だなと、そう思っただけだ! よしこれでこの話は終いだな!」
「……」
「終いだなッ!」
「…杏寿郎ってさ、頭の回転良いのに時々凄く回転悪いよね…」
「む、う」
「その真っ直ぐな性格故なんだろうけど」
そんな切り返しをされれば、本音だと告げているようなものだ。
それだけ感情を偽りなく素直に向けてくれているのなら、嬉しいことはない。
そうまた一つ苦い笑みを零しながら、蛍は頸を横に振った。