第3章 浮世にふたり
「アオイから聞きました。あの鬼の世話の代わりをしてくれたんですって。包帯、ありがとうございます」
「…彩千代蛍だ」
「はい?」
「あれにも名前はある」
「知っていますよ。でもそれで呼ぶ必要が何処に?」
互いに感情は荒げていないが、ぴり、と空気が張り詰める。
僅かに眉を潜めたものの、義勇はそれ以上反論しなかった。
鬼殺隊にいる隊士の大半が、鬼への強い憎悪や復讐心を持っている。
それは義勇やしのぶも例外ではない。
このやり取りも不毛だと、しのぶの横を無言で通り過ぎた。
「無視ですか? 私の声聞こえてましたよね? 冨岡さん」
「……」
「そんなだから皆に嫌われるんですよ、冨岡さん」
「……」
ぴたりとまたも義勇の足が止まる。
微笑むしのぶの言葉の針は容赦がない。
「何故あの鬼の肩を持つんです? 人と鬼は馴れ合えないって、いつも私の意見を否定してますよね? ねぇ冨岡さん」
「…それはお前もだろう。仲良くすればいいなんて、上辺の戯言だ」
「戯言なんて。私は本気で言っているのに、悲しいですねぇ」
凡そ悲しみなど持ち合わせていない笑顔を向け続けるしのぶに、ようやく義勇も目を向けた。
「なら"仲良く"してみたらどうだ」
「してるじゃありませんか。毒はいつも優しいものにしていますし、殺さないように気を付けていますし、手当ても怠っていませんし。あの鬼が全ての罪を痛みを受けることで浄化できれば、きっと私達は更に仲良くなれます」
「本気でそう思っているのか」
「本気ですが?」
「ならもう十分じゃないのか。あいつが殺した人間は三人。お前があいつを拷問した回数は、今回で四度目だ」
「何を言っているんですか、冨岡さん。惚けてます?」
頸を傾げて、可笑しそうにしのぶが笑う。
「彼女が殺したのは男三人、女一人。計四人、殺しているじゃありませんか」