第29章 あたら夜《弐》
満面の笑みで受け入れ頷く千寿郎の姿は、少しばかりくすぐったい。
それでも嬉しそうに笑う少年につられるように、蛍も綻ぶようにはにかんだ。
「──兄上。姉上。風も強くなってまいりました。体調を崩さないようお気をつけて」
「千くんもね。一人で無理し過ぎちゃ駄目だよ?」
「何かあったら遠慮なく鎹鴉を飛ばすといい。要と政宗も定期的に我が家へ寄らせるようにしよう」
「そんな、お二人の手を煩わせるなんて…」
「ん?」
「俺達の手が、なんだ?」
容姿や背丈はまるで違うのに、にこにこと二人が向ける笑顔は世話を焼きたがる兄姉のもの。
そっくりなその笑顔に言いかけた否定を吞み込んで、苦笑混じりに千寿郎は頷いた。
「いいえ。お帰りになる日を楽しみにお待ちしています」
深々と頭を下げる千寿郎の姿は、煉獄家で最初に二人を出迎えた時となんら変わりない。
幼い容姿とは違いしっかりした物腰と言葉遣い。
それでも以前と違うのは、大人顔負けの仮面の下で年相応な顔が素直に覗くようになったことだ。
「では行ってくる!」
「またね、千くん」
背中に手を添えて強い笑顔を浮かべる兄と、下げた頭をひと撫でして柔く笑う姉。
互いに手を振り、月の明かりが照らす先へと進みゆく。
二人が煉獄家を訪れた時は紅葉(こうよう)が映えていたが、背を見送る頃には随分と寂しい景色となった。
秋も終わりは近い。冬の到来を感じさせる冷たい風が千寿郎の肌をはたはたと叩く。
それでも不思議と寒くはなかった。
胸の前で握り締めた掌の中には、未だ抱きしめられた二人の温もりが残っている。
「いってらっしゃいませ」
その掌を手繰り寄せるように両手を合わせ、小さな声で願うように囁いた。
「どうかご無事で」