第29章 あたら夜《弐》
「男同士の…かはわかりませんが、俺は煉獄杏寿郎の弟です。兄上が進んでこれを箪笥の肥やしにしようとしていたのではないことくらい、わかります」
「…千寿郎…」
「だから持っていって下さい。いつか兄上がこれを必要とした時に、傍に置いておけるように」
真っ直ぐに見上げる千寿郎の陰りのない瞳に、重なる杏寿郎の金輪が微かに揺れた。
中途半端に宙で止まっていた手が、そっと箱の上に重なる。
「…わかった。甘んじてそうさせてもらう」
顔を上げた杏寿郎の口元が弧を描く。
確かな兄のいつもの笑顔を見つけて、千寿郎もぱっと顔を輝かせた。
「杏寿郎。もうすっかり夜も更けたみたい」
そこへ開いた引き戸の隙間から、ひょこりと蛍が顔を覗かせる。
手にした箱を懐にしまうと、炎の羽織をひらりと舞わせ杏寿郎も振り返った。
「ああ。出立の時間だな」
「もう熱い兄弟の契りは終わったの?」
「うむ。千寿郎の強い思いに俺も大いに背を押してもらった。この上なく熱くな!」
「そうなの? 千くん」
「は…はいっ俺も煉獄家の男ですからっ」
「ふふっ何それ」
いまいち状況は掴めていないが、すっきりとした面持ちで笑う杏寿郎に、並んで頷く千寿郎もどこか生き生きとしている。
思わず口元を綻ばせながら、蛍も深くは問いかけずに戸を開いた。
「うーん! 今宵は良い月が出ているな」
「晴れてくれたからね。お陰で歩き易い」
戸を跨げば、空には明るいお月様。
見上げ頷く杏寿郎を先頭に、長屋門へと続くかと思いきや。
「蛍、少し待っていてくれ」
「? うん」
杏寿郎が足を向けたのは中庭。
見慣れた松の木を越え、納屋を通り過ぎ、一番奥の部屋を目指す。
(あそこは──…)
室内からでも一番距離のあるその部屋は、蛍も一日三度は足を向けていた。
出来立ての料理を運ぶ為に。
部屋の前で足を止めた杏寿郎が、締め切った襖を前にぴんと背筋を正す。
「それでは行って参ります! 父上!!」
清々しい程に闊達な杏寿郎の出立を告げる声が響く。
襖を閉じた部屋の向こうには父、槇寿郎がいるはずだ。
しかし襖が開くことはなく、返事らしい声も聞こえない。