第29章 あたら夜《弐》
(荷物、外に出しておこうかなぁ)
玄関の戸の隙間から外を伺えば、太陽はもう落ちた頃合いだった。
煉獄家に来た時より身軽にはなったが、手荷物が何もない訳ではない。
未だに熱い空気を纏っている兄弟をちらりと見返して、荷物を手に戸の外へと向かう。
「俺は嬉しいぞ千寿郎ッ男同士、熱い思いをぶつけ合える日がくるとは」
「あ。兄上っ」
「む?」
蛍の背中が玄関を跨いで外に消える。
その姿を把握していた千寿郎は、未だ熱く語る兄の声を遮った。
「実は、兄上にも渡したいものが…」
「! そうか、責任を持って俺も受け」
「これです」
「──!?」
千寿郎が鉢植えの任を蛍に頼んだのは、兄には兄への別の頼み事があったからか。
そう解釈した杏寿郎が嬉々として差し出した手は、千寿郎が懐から取り出したものを見た途端ぴしりと固まった。
黒い漆塗りの上品な小さな箱。
余りにも見覚えのあるそれは、自分しか知らないはずのものだったからだ。
「せ、千…っ何故…それ、を」
珍しくもしどろもどろに行き場を失った片手を彷徨わせる。
杏寿郎のその手に、千寿郎は両手で箱を差し出した。
「兄上が箪笥の肥やしにしようとしていたからです。これも我が家に眠らせては駄目なものでしょう?」
「中を…見たのか?」
「いいえ。ですが兄上が昨夜家に戻られてから、箪笥にしまい込む姿は拝見していました。すみません、盗み見るようなことをして」
実際はその一度きりではない。
何度か杏寿郎が考え込むように、その小さな箱を手に箪笥の前に立っていた姿は見かけていた。
千寿郎だから気を許していたのだろうか。
他人の気配に過敏な兄にしては珍しいと、千寿郎の記憶に残っていた姿だ。
その姿になんとなく悟りを得たのは、昨夜祭りから帰り着いた時のこと。
溜息をつきながら懐から取り出した箱を、箪笥の奥へとしまい込む。
そんな杏寿郎の横顔には覇気がなく、先程まで満面の笑みで祭りを楽しんでいた空気が嘘のようだった。
楽しんではいたはずだ。
しかし心残りがあったのだろう。