第29章 あたら夜《弐》
蛍の手元に渡るのを見届けて、ようやくほっとしたように千寿郎に笑顔が宿る。
拳を握って任せてと強く笑う蛍もまた、杏寿郎には姉のように優しい笑顔だ。
そわりと、思わず二人への想い故に干渉心が揺れる。
「不死川か…ならば俺も同じ柱として出会う可能性は高い。なんなら俺もその鉢植えの任を」
「あ、いえ。兄上ではなく姉上にお任せしたいので」
「ぬ!?」
そわそわと笑顔で伸ばした手は、あっさりと苦笑混じりの千寿郎の断りの空気で叩き落された。
「俺は…兄として頼りないか…せんじゅろう…」
「ちっ違うんですっ兄上のことはとても頼もしく誇らしい兄だと思っています…!…ただ、」
「ただ?」
「ぃ、いえ…」
しょんぼりと頭を垂らして問う杏寿郎に「兄だから任せられない」という言葉は呑み込んだ。
脳裏に浮かんだのは、童磨打倒後のぽかぽかと日向ぼっこをして縁側に並ぶ柱二人の姿。
『しっかしよォ…お前の話は誇張されたモンかと思ってたが、本当にできた弟だなァ。まだあんなに小さいってェのに』
『だろうっ? 千寿郎一人に我が家を任せるのは忍びなくも思うが、千寿郎だからこそ安心して任せられるんだ。俺の自慢の弟だ!』
『そうさせちまってる世の中にゃ納得はいかねェがなァ』
『うむ…だが、そこでしか見つけられないものもある。この世の非情さが千寿郎の心を育てた。今在るありのままのあの子の心が俺は好きだ。それは何物にも代え難い俺の宝だ』
『宝、ねェ』
『君はそうは思わないのか?』
『さァなァ。俺に弟はいねェし』
『…む』
『──ただ、』
他愛のない会話で始まった互いの思い。
昼食の準備ができたからと呼びかけに行った先で、偶々千寿郎が耳にしたものだ。
『家族が宝ってのは否定しねェ。大事にしなァ』
そう柔らかな秋の日差しを受けて笑う実弥が一瞬、兄の笑顔と重なった。
あの時、実弥の脳裏には同じに思う弟が浮かんでいたのではないだろうか。
(だから兄上には任せられないんです…ごめんなさいっ)
実弥には、兄には兄の思いがある。それ故に渡せなかった鉢植えだ。
同じ兄である杏寿郎なら、その心境を理解して最悪納得してしまうかもしれない。
そうなれば鉢植えは玄弥へと渡らなくなってしまう。