第29章 あたら夜《弐》
何度か迷った挙句、千寿郎の後押しもあり鉢植えを購入するに至った。
しかし日にちが経つことで思い直してしまったのか。煉獄家を去る際に、千寿郎に鉢植えを必要ないと押し付けて行ってしまったのだ。
『ですがこれは不死川様の大切な人の為に買ったのでは…っ』
『その言葉は否定しねェがよォ。…大切だから触れられないモンもある』
『え…?』
ぼそりと小さな声で告げられた言葉の意味がわからず、目で問う千寿郎の頭を傷だらけの手がくしゃりと撫でる。
視線の問いが聞こえていたかのように「わからない方がいい」と優しい顔で笑った実弥は背を向けた。
優しいのに、哀しそうな笑顔にも見えたのは何故か。
"殺"と書かれた羽織の背中にはもう聞くなという圧を感じて、それ以上は何も言えなかった。
「受け取ってしまったけれど、やはりこれは不死川様に返すべきだと思ったんです。不死川様が大切な誰かを思い買ったものだと思うから」
「盆栽鉢ってまさか…」
「姉上、心当たりが?」
「うん。盆栽が趣味な男の子をね、知ってるの」
そしてその盆栽が趣味であると実弥に伝えたのも蛍だ。
「千くんと同じに、努力家で兄思いの男の子」
そう笑って伝えれば、それが誰なのか千寿郎も悟り口を閉じた。
昨夜の神幸祭で蛍に伝えられたからだ。
千寿郎によく似た弟が、実弥にもいると。
(やっぱり、そうだったんだ)
確信はなかった。
ただ実弥が鉢植えを手に語る顔が、余りに千寿郎の好きな兄の顔と似ていた為に引っ掛かってはいた。
実弥が大切に思う相手は、家族ではなかろうかと。
「だったらやっぱり。姉上、お願いできますか?」
「任せて。責任もって不死川の所まで届けるから」
「ありがとうございます」
真剣味を帯びる千寿郎の顔に、返事一つで頷いた蛍の手が鉢植えをしかと受け取る。
家族を思う故の物ならば、置いておくべき場所は此処ではない。