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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第29章 あたら夜《弐》



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 かちり、と刀を鞘に納め込む。
 腰に添えた手元にしっくりと馴染む日輪刀を見下ろして、うむと杏寿郎は頷いた。


「蛍。準備は抜かりないか?」

「うん。忘れ物もないし、身支度も整えてあるよ。大丈夫」


 玄関口で振り返れば、同じに草履を履き終えた蛍が馴染んだ袴で頷く。

 神幸祭を終えた次の日。
 幻想的な祭りの夜を終え迎えた日の夕暮れ時には、二人は煉獄家に訪れた時と同じ隊服に袴姿へと変わっていた。

 杏寿郎がお館様である耀哉に休日を申請したのは、神幸祭が終わる日まで。
 その日を越えれば再び鬼殺の日々が戻ってくる。


「待ってください姉上っ」

「ん?」

「あの…っ頼みごとをしても、よろしいでしょうか」

「頼み事? いいよ、千くんの希望ならなんでも」


 そこへ小走りに廊下から駆けてきた千寿郎が、両手に握っていたものを差し出す。
 千寿郎の頼みならと返事一つで頷いた蛍は、大切そうに風呂敷に巻かれた千寿郎の両手に余るものを不思議そうに見つめた。


「これ…鉢植え?」


 布を開けば、お椀型の鉢植えらしき陶器が顔を見せる。
 千寿郎の皿にした掌よりも少し大きい程度の鉢植えだ。
 ぼかしが入っているかのような、薄い灰色から濃く変色している信楽焼。
 雪化粧のような白い粒を散らせた上品なその鉢植えは、煉獄家に滞在中一度も見かけたことはなかった。


「こんな鉢植え、我が家にあったか?」

「これは不死川様が購入された鉢植えなんです」

「不死川が?」

「え、なんでそれが此処にあるの?」

「それが…買われたはいいものの、やはり必要ないと押し付けるように頂いてしまって…」


 下がり眉を尚も下げて語る千寿郎曰く、昼間の神幸祭で母への花を選んでいた千寿郎と共に実弥もまた目を止めた鉢植えを手に取ったらしい。





『こいつは盆栽鉢なんだよ』

『盆栽…不死川様の、ご趣味なんですか?』

『いや…それが好きな奴を、知ってるってだけだァ』




 そう語る実弥の表情は千寿郎が見た中でも一層柔く、大切な誰かを思い描いていることは伝わった。

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