第29章 あたら夜《弐》
ジーワ、ジーワと蝉が鳴く。
己は此処にいると知らしめるかのように、体を震わせ叫び続ける。
「槇寿郎さんとまた幾つもの思い出が作れるのですね」
あの子達と共に。
そう告げる瑠火の表情は近過ぎてよく見えない。
ただ仄かに触れた肩から伝わる体温が、その場にその存在が在ることを確かに告げている。
ジーワ、ジーワと蝉が鳴く。
羽根を持ちながら大空へと飛び立つことはなく、ただひたすらに命の在り処を告げている。
刹那の命の短さを知っているかのように。
真夏の日差のように白く眩い肌は、どこか青白くも見える。
すぐ触れられる近さにあるというのに、耳に届く呼吸音は弱い。
握る掌は、こんなにも痩せていただろうか。
「俺は…君が隣にいてくれるなら、それだけでいい」
百の絶景を拝むより、一人の女性を見つめていたい。
柔く握りしめた手を胸の前へと導いて、華奢な肩をそっと抱いた。
一つでも多く、君の笑顔が見られるなら。
一日でも多く、君の声が聴けるなら。
一瞬でも多く、君の傍にいられるのなら。
「それだけで、いいんだ」
他には何も望まない。
──────────
「……」
「…槇寿郎さん?」
沈黙を作る槇寿郎を、そっと蛍が伺うように呼ぶ。
その目を見返すことができずに、淡い秋蛍の光に包まれた世界を俯き見下ろした。
聞き覚えがあったのは、他ならぬ自分が噛み締め口にした言葉だったからだ。
愛おしいひとの、儚い命を繋ぎ止めていたくて。
息子達が心と身体を育み、健やかに成長していくことも勿論望んでいた。
ただその瞬間瞬間を、瑠火と共に見つめていたかっただけだ。
何をするでもない。
何を語るでもない。
ただ寄り添い、体温を分かち合い、手を取り合っていたかった。
それだけで何にも代えられない幸福になるのだと、強く感じていたからだ。
ただそれだけで。