第29章 あたら夜《弐》
ジーワ、ジーワと蝉が鳴く。
命の在り処を叫ぶように。
「千! ほらこっちだ、こっちにおいでっ」
「にーぃ…っ」
「うん、そうだ! 上手いぞっ」
弾む杏寿郎と千寿郎の声が、合間に響き渡る。
足元をもたつかせながら歩む千寿郎に、両腕を広げて迎える杏寿郎。
ぽふんっとその腕の中へ身を投じるように飛び込んで、きゃらきゃらと千寿郎が笑う。
伝染するように笑う杏寿郎の声は、幼いながらも闊達で大きなものだ。
「…結構な暑さだが、杏寿郎達は元気だな…」
特に杏寿郎は、先程まで稽古で汗を流していたはずだ。
流石子供の生命力溢れる体と言おうか。
杏寿郎自身が活発な性格なのも理由の一つだろう。
生憎と長椅子の上には木陰となる木が生えている。
それでも肌に纏わり付く熱気に、槇寿郎はごしりと額の汗を拭った。
「飲み物は持ってきていますから。必要ならこちらへ来るでしょう」
「ああ、うん。いいなと、思ったんだ」
「?」
「こんなふうに君と、子供達と、何気ない時間を送れることが」
陽が熱いと感じる。
賑わう子供達の声が心地良いと感じる。
何気ない時間の経過が余りに穏やかで。鬼殺により日々目まぐるしく送っていた時間が嘘のように、ゆっくりと歩む時間。
ゆっくりであるはずなのに、瞬く間に過ぎていくようにも感じる。
久しぶりに陽の下で見た瑠火の肌は、こんなにも白かっただろうか。
「…はい。私もです」
そ、と膝に置いていた己の手に体温が重なる。
目を向ける前に、肩に優しい重みがかかった。
「また此処へ来られてよかった」
膝の手に手を重ね、寄り添うように肩に頭を預ける。
偶に見せてくれる瑠火の静かな愛情の形。
それは声に出さずとも槇寿郎の心を深く満たしてくれるものだ。
「…どうして此処へ行きたいと?」
「槇寿郎さんとの思い出の場所ですから。杏寿郎と千寿郎にも見せたかったのです」
「思い出の場所と言うなら、他にも近場であったはずだが…」
「夏は、この地の果物が美味しく実るでしょう?」
「ああ…そういえば鰻の美味い店もあったな」
「ふふ。いいですね。後で行きましょうか」
膝の掌を返して、包む体温を握り締める。
くすくすと耳元で風鈴の音のように成る笑い声が愛おしい。