第29章 あたら夜《弐》
共に一瞬の輝きに心を揺さぶり、感情を分かち合い、笑い合うことができる。
「それでいいじゃ、ないですか」
噛み締めるようにして告げる蛍は、柔い笑顔を添えていた。
凛とした美しい一輪の花のような瑠火の顔に、笑顔が咲く。その瞬間を見た時のように。
蛍の言葉には聞き覚えがあった。
瑠火の言葉ではない。
杏寿郎の、千寿郎の言葉でもない。
『それだけで、いいんだ』
腕に触れる華奢な肩。
そこにそっと手を回して優しく抱き寄せた。
夏の熱い日差しの日。
まだ幼さの残る杏寿郎と、ようやく一人歩きを始めた千寿郎を連れて出掛けた。
二本の木刀を持参して、杏寿郎に稽古を行ったあの日。
日の明るいうちに家族四人揃って出掛けられた、貴重な一日だった。
いつもは身に付けている炎の羽織を脱いで、着慣れた胴着に身を包んだ。
稽古を行うという名目で緑豊かな地の稽古場に訪れた。
本音は、家族で伸び伸びとなんてことはない一日を過ごしたかった。
一通りの稽古事を終え、幼い千寿郎の相手をして遊ぶ杏寿郎の姿を、稽古場の外の長椅子に腰を落ち着けて見守る。
『杏寿郎もすっかり兄の顔だな』
『ええ。千寿郎の世話を自ら進んでしてくれるので助かっています』
『君によく似て、しっかりしている』
『責任感が強いのでしょう。槇寿郎さんに似ています』
『そうか?』
頸を傾げて隣を見れば、同じに腰を落ち着けた瑠火が微笑んでいた。
身体が弱い為に千寿郎の出産を終えてから外出はほとんどしなくなったが、その日は不思議と朝から体調が良かった。
以前にも使用していたあの稽古場に足を向けるのはどうか。
そう提案したのも瑠火からだ。
唐突な案に嫌な顔をする者は一人もおらず、杏寿郎はぜひにと歓喜の声を上げ、言葉の意味を理解していない千寿郎もその場の空気に声を弾ませ笑っていた。
己も返事一つで頷き、幾分細くなった瑠火の白い手を強く握った。
君となら何処へでも出かけようと。