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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第29章 あたら夜《弐》



 自分ではない、誰かの為に。
 愛する者を心の底から想うからこそ。

 人間であり、鬼であり、鬼殺隊であり、人を喰らった者であり。
 生い立ちから境遇から育ち方までどれもが違う。
 そんな二人の共通する想いは、至極真っ直ぐなものだった。

 つい目を逸らしてしまいたくなる程に。


「き…杏寿郎っ」


 何を告げればいいのか。
 肯定も否定もできずに逸らした槇寿郎の視界に、ほわりと温かい光が灯る。


「槇寿郎さんもっ」


 顔を上げれば、遠くで弾んでいたはずの声がすぐ傍にあった。


「見て、こ、こんなにたくさん…っ秋蛍、見つけました…っ」


 温かい光は、こちらへと足を向けていた蛍の手元にあった。
 両手を合わせて皿にした上には、数匹の淡く光るクロマドボタルの幼虫。


「凄く、綺麗…だ、から…二人にも、見せた…い…な、て…」


 勇んできたのだろうか。
 しかし語尾はもたつき、足腰を震わせる蛍にはまるで覇気がない。
 寧ろ今にも卒倒しそうな青褪めた顔に、杏寿郎は両手のクロマドボタルを見て感心の声を上げかけ止めた。


「確かに綺麗だが…大丈夫か? 蛍」

「だ…だいじょ…う、ぶ」

「ではないな」


 こくこくと頷く様は必死だ。
 一歩踏み出すことさえ躊躇して、滲み寄るようにじりじりと迫ってくる始末。
 掌に乗せた生き物達に少しでも刺激を与えないようにしているのか。

 状況の判断が早い杏寿郎も、こればかりはと蛍の斜め後ろで待機する千寿郎に答えを求めた。
 目で問えば、千寿郎が苦笑混じりに頸を横に振る。


「姉上が人生で一度くらいは触ってみないとと挑まれたんです」

「成程。人生を賭けたかのような決断だな」

「こ、これで私も、千くんと同じになれた、よね…っね?」

「ふふっはい、姉上は凄いです。あんなに怖がっていた虫に触れられたんですから」

「虫じゃないよ秋蛍。虫って言わないで下さい虫って」

「はい、すみません」


 視線すら掌には向けようとしない。
 それでも必死に掌の輝きを揺らさないようにしてぎこちなく立ち続ける蛍に、堪らず千寿郎はぷすりと吹き出した。

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