第29章 あたら夜《弐》
弾む幼声と可憐な声。
月の光を遮った孤島は、蛍火だけに照らされた淡くも幻想的な世界だ。
その中心で生き生きと弾む二人の姿を見守りながら、杏寿郎は静かに踏み出した。
いつもならその輪の中に入らせてくれと声を上げて突っ込んでいた。
しかしその足が動きを止めたのは、同じに傍観に徹していた父の隣だ。
「楽しそうですね。二人共」
視線は二人を捉えたまま。やんわりと声をかければ、鋭い眼孔がちらりと杏寿郎を捉える。
「大丈夫ですよ姉上。動く小さな行灯とでも思えば。ほら、怖くない。怖くない」
「ぇ…ぁ…ぅ…」
「怖くない。ほら」
「っ…無理無理無理無理やっぱり無理! 動く行灯とかそもそも怖い! お化けですか!?」
「…姉上、本当に幽霊の類苦手ですね…」
「あっその目呆れてる…っ」
「もう、そんなことないですよ。可愛いなって思ってただけです。…姉上は君が怖いんだってさ。仕方ないから僕と仲良くしてね」
「え。やだ。なんかそれ寂しい。私とも仲良くして下さい」
「どっちですか」
堪らず吹き出す千寿郎に、恐々とながらも歩み寄る蛍。
それが由緒正しき鬼狩り家系の少年と、狩られる鬼の二人などとは教えられなければわからない。
「俺はあんなに年相応に無邪気な千寿郎の姿を、ここ数年見ていなかったように思います」
教えられたところで、どこからどう見ても仲睦まじい姉弟の姿にしか見えないだろう。
「それはきっと蛍だから引き出せたものなのだろうと。…彼女だから千寿郎も心を開けた」
素直な性格の千寿郎だが、生い立ちと育った環境故に我慢する癖が身に付いてしまった。
それは絶対的な信頼を寄せている兄の前では多少崩れはしても、同時に強い憧れであるからこそ背伸びもする。
そんな千寿郎が負い目も肩書きも無しに心を裸にできた相手は、他ならぬ蛍だった。
鬼殺隊に属しながらも剣士ではない蛍だからこそ、千寿郎も同じ剣の道を目指す者としての目を向けなかった。
鬼という、煉獄家が目を逸らせない存在だからこそ、強い覚悟を持って向き合うことができた。
そうして繋がりあった二人の結びつきは、強く自然な形となったのだ。