第29章 あたら夜《弐》
握っていた千寿郎の拳が力を抜く。
目の前の存在に心許して、気を抜くように。
包まれる手を握り返すように繋いで、千寿郎もまたつられるように頬を緩めた。
「姉上も、一緒に」
「うんっ」
繋いだ手を引く千寿郎の誘いに、蛍は返事一つで頷いた。
「私も秋蛍見るの初めてなんだよね」
「そうなんですか?…成虫の蛍と同じに尾っぽが光っているみたいですね。優しい光が綺麗です」
「うん…」
「初めて見る幼虫ですが、蛍の子供だと思うとなんだか可愛く思えてきました」
「……うん」
「あ、体もふにふにしてる。柔らかいですね」
「せ、千くん」
「え?」
二人で興味津々に覗き込むクロマドボタルの幼虫。
臆する気配など微塵もなく、指先でつんと幼虫をつつく千寿郎の姿に、途端に蛍は青褪めた。
「なんですか?」
「いや、その…普通に触れるんだなって…」
「? 噛み付いたりしませんし。こうしてよじ登って来る姿は結構可愛いですよ」
「腕に乗せてる…!? 怖くないのっ?」
「いえ、全く」
細い千寿郎の腕の上で、亀のような足並みで進むクロマドボタル。
その様子をほんわかと見守る千寿郎とは相反して、蛍の顔は引き攣っていた。
「よく見ればこの光全部その幼虫ってことだよ、ね……ひえ」
「姉上、もしかして虫が苦手なんですか?」
「カブト虫とかならなんとか…でも幼虫は駄目。無理。見た目といい動き方といいなんだか不気味で」
「不気味だなんて。動きもゆっくりですし噛み付きませんし、飛んだりもしませんよ。ほら」
「ひゃあっせせ千くん! こっちに向けるの禁止!」
「最初から向けてましたけど…」
「じゃあ近付けるの禁止!」
「ちょっと腕を上げただけじゃないですか。綺麗ですよ、蛍の光」
「わ、わかってる。わかってるんだけど…! やっぱり見た目が…っ」
「近付けるも何も、姉上の周りだって沢山光ってますよ」
「わあああ言わないでっ想像しちゃうから…!」
「ぷ…っあははっ姉上がここに連れて来たのにっ?」
「ご尤もです!!」