第29章 あたら夜《弐》
地球の外側に存在する満月。
それを全て覆うことなどできない。
ただもくもくと広がり続ける影雲は、蛍達が佇む孤島を覆い、月の光を遮断した。
「ふわぁ…間近で見ると、改めて凄いですね。朔ノ夜の力」
「ただ影を作り出してるってだけだけどね」
「うむ。真っ暗だなっ」
月の光が遮られれば、足元さえもよくは見えない。
目を凝らすようにしてまたも踏み外さないようにと千寿郎が足場を確認していた。
「…あれ」
その時、ぽわりと。ないはずの光りを見たのだ。
「兄上っ」
「うん?」
「見てください、周り…っ」
千寿郎の声に誘われて、杏寿郎、そして槇寿郎の視線も影雲から周りへと移る。
真っ暗闇。
茂みと木々と水面だけだったはずの離島に、ぽつぽつと淡い光が浮かんでいる。
「これは…」
目を見張り杏寿郎が蛍を見る。
君の血鬼術でやったのか。そう問いかける視線に、蛍はやんわりと頸を横に振った。
「よく見てみて、千くん。光の正体がわかるはずだから」
優しく促す蛍に、千寿郎の腰が屈む。
両膝に手を当てて頭を下げ、まじまじと淡い黄緑色の光りを見つめる。
よくよく見れば、それは光の玉などではなかった。
「これ…虫?」
細長い黒い虫。
その虫の尾のような先端が、淡く光を放っているのだ。
「秋蛍」
「あきぼたる…?」
「って言うんだって」
「蛍って…あの、蛍ですか? 夏に見かける」
「あの蛍とは違うみたい。私も種類は詳しくはわからないんだけど、蛍って幼虫の姿でも光を宿す生き物なんだって」
秋蛍──正式名はクロマドボタルという。
雄の体の胸部に小さな白い小窓のような模様があることから命名された。
クロマドボタルは成虫となるとほとんど光を宿さないが、幼虫の姿では一般的なゲンジボタルのように光を宿す。
本来、蛍は生まれた時から光を宿す生き物である。
卵の時からぼんやりと光を放っているものもいて、幼虫の姿でも同等の現象は確認されている。
ただ蛍の幼虫はその殆どが水中の中で過ごす為、人間の目に触れられることは少ない。
故に成虫となった時だけ光を宿すのだと思い込んでいる者も多いのだ。