第29章 あたら夜《弐》
「うーむ。二人のじゃれ合いはいつ見ていても微笑ましいものだが混ざりたくなってしまうな!」
そんな二人のやり取りを黙って見ていられないのが杏寿郎だ。
ずずいと踏み出し、二人の傍に詰め寄る。
「しかし今は目的地の探索だ。蛍、一体此処に何があるのかそろそろ教えて貰おうか!」
「あ。杏寿郎はあんまり大声出さないで欲しいかな…いなくなっちゃうかもしれないから」
「むっ」
「いなくなる? 何かいるんですか? ここに」
「うん…うーん…」
返事のような、返事でないような。曖昧な相槌で頸を傾げながら、蛍の顔が辺りをぐるりと見渡す。
同じに頸を傾げて視線を追う杏寿郎と千寿郎だが、見えるのはひっそりと立つ草木や静かな波紋を広げる水面ばかり。
賑やかな祭りの音頭は遠く、静かに時を過ごせる場所だが、ただそれだけだ。
四方八方、辺りを見渡していた蛍が不意に頸を覚悟を上げた際に止まる。
「…お月様」
「月か?」
「今日は綺麗に光っていますね」
その目には明るく照らす夜の月。
花火の人工的な光よりも微弱だが優しく、世界の隅々まで照らし出している。
「──あ。」
じっと銀色のその光の塊を見上げていた蛍が、はっとした。
「朔」と呼べば見守るように漂っていた小さな金魚が、ふうわりと傍に寄る。
「一時的でいいから、月の光を遮れられる?」
「月を遮る? そんなことが…」
できるのか、と。杏寿郎が問いかける前に、こぽりと声なき気泡を零した朔ノ夜は瞬く間に空へと上っていった。
ぐんぐんと上っていくは小さな金魚。
その姿は忽ち一点の影となり、人間の目では追えなくなった。
一体何処へ行ったのか。
沈黙のままに杏寿郎達が見守っていると、やがて綺麗な満月の中心に陰りができた。
最初は小さな黒点のようなもの。
それがみるみるうちに広がっていき、分厚い雲のようなものを生み出していく。
雲のようで雲ではない。雨雲より尚黒い影の雲は、その場の皆に見覚えがあった。
童磨との上空の一戦で蛍が作り出した、巨大な足場と同じものだ。
ただその影よりも範囲は狭く、月を包むようにしてもくもくと膨らんでいく。