第29章 あたら夜《弐》
「無限に広い千寿郎のその心と同じだ。お前の可能性はもっとずっと広がっている」
「可能性…それは…鬼殺隊としても、でしょうか」
包み込んでくる大きな兄の手を、僅かばかりに握り返す。
少しの不安を有するような千寿郎の問いかけに、一瞬口を噤んだ杏寿郎はやんわりと頸を振った。
「俺の目は千里眼ではないから、お前の方向性まではわからない。だが千寿郎が望むなら鬼殺の道も、そうでない道も、兄は応援する。力になる。だから他人の言葉や目に惑わされるな。お前はお前の道を選べ」
鬼殺隊の柱としてではなく。ただ一人の兄として、優しい笑顔を浮かべていた。
「お前が選んだ道ならば、俺はなんであっても信じる」
重なる、同じ金の輪を描く朱色の瞳。
その灯火のような瞳が、一瞬揺らいだ。
「ぁ──」
あにうえ。
小さな小さな、絞り出すような感情の声。
口の中でだけ告げるようなその声を拾い上げられたのは、鬼の耳を持つ蛍だけ。
きゅっと唇を結び、再びを前を見据える。
駒澤村の光りを見つめる千寿郎の横顔に、槇寿郎がはっと目を止めた。
見覚えがある。
幼いながらも揺るぎない瞳を持つ横顔は、昔に見た杏寿郎と同じだった。
「──着いたよ」
それから程なくして、ふわふわと気球のように浮いていたシャボンは目的地へと辿り着いた。
シャボンの中で指揮を取るように泳ぐ朔ノ夜に合わせて、降下したそこは小さな離島。
地面に全員が足を着けたことを確認した朔ノ夜が、ぺちんと尾鰭でシャボンを叩けばぱちんっと簡単に弾け消える。
「此処は…」
「駒澤村の北東の端にある林の中、だったかな」
「こんな所を案内した憶えはないが…千寿郎か?」
「いえ、俺も」
「見回り警護の時にね、林は見つけていて。来たのは初めてだけど」
木々で生い茂る林の中にある湖。
その真ん中に位置する離島は、杏寿郎も見かけたことはあっても足を向けたことはなかった。
周りが水場の為に、移動に蛍が血鬼術を用いたことは納得できた。
しかし此処に一体何があるのか。
不思議そうに杏寿郎や千寿郎は辺りを見渡した。