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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第29章 あたら夜《弐》



 音もなくゆっくりと落ちてくる。
 ゆらゆらと揺れるシャボン玉。
 見覚えのある小さなそれなら、無数に空から落ちてくる光景を見ても千寿郎に恐怖はなかった。

 ただ今し方作られたシャボン玉は、明らかに常識的なものではない。
 それを目の当たりにして、尚更尋常ではない大きさにこくりと細い喉が鳴る。

 優しく、きゅっと掌を握る手が包んでくる。
 右を見れば姉、そして左を見れば最愛の兄がいる。
 鬼と柱。
 二人に守られ立つその場は、世界の何処より安全な気がした。

 ほ、と千寿郎の肩の力が抜ける。
 それと同時に、大きなシャボン玉は一番上背のある槇寿郎の髪に触れていた。


(…害あるものではない、か)


 触れて尚わかる。
 払う必要もないそれを真上に睨み上げていた槇寿郎の頭にシャボン玉が触れる。

 しかし割れることはなく、そのままぬぷん、と薄い幕が伸びて槇寿郎の肌を貫通した。


「おお…ッ」


 それは杏寿郎も同じだった。
 シャボンは割れることなく杏寿郎、千寿郎、そして蛍の体も飲み込んでいく。

 触れるシャボンは肌にこそばゆいような、微かな感覚があるだけだ。
 洗剤とは違う原料でできているのか、触れてもべた付く気配もない。

 それでもきゅっと千寿郎が反射で両目を瞑っている間に、すっぽりと透明な球体は四人の体を飲み込んでいた。


「凄いな、まさかシャボン玉の中に入れる日がこようとは…ッ」

「わ…割れないんですか…?」

「強い力を加えたら割れるかもしれないけど、じっとしていれば大丈夫だよ」

「ふん…まるで妖術だな(呼吸も問題ないか)」


 子供のようにその場の出来事を楽しむ杏寿郎に、そわそわと不安げに辺りを見渡す千寿郎。
 槇寿郎は相変わらずの仏頂面だったが、冷静に状況を判断して観察している。

 皆それぞれ反応は違うが、拒否している訳ではない。
 ほっと胸を撫で下ろしながら、蛍は傍で待機していた朔ノ夜を見上げた。


「お願い」


 言葉少なく頼み込めば、ひらりと優美に尾を揺らし小さな金魚がシャボンの天井へと飛ぶ。
 すると小さな金魚の体に引っ張られるようにシャボンはふわりと浮き上がったのだ。


「わっ…!」


 ぐらりと揺れる体感に、慌てた千寿郎が強く蛍と杏寿郎の手を握る。

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