第29章 あたら夜《弐》
そうして繋いだ手は輪を作り、巡り巡って元炎柱と鬼とが隣り合わせとなった。
「え、と…槇寿郎、さん」
「……」
「手、を…」
「……」
提案はできたものの、流石に槇寿郎に手を繋ぎたいと告げるのは大変な勇気が必要だった。
それこそ杏寿郎のように力任せに握り潰されてしまうのではないか。
そんな嫌な予感も入り混じって、恐る恐ると差し出した蛍の手は中途半端に止まってしまった。
「…あの…」
「…なんだ」
「いえあの、なんでもないです。握っていた方が安定するかな、くらいの感覚なので。じゃあ次っ」
先に白旗を上げたのは蛍だった。
じろりと槇寿郎が睨み混じり告げれば、そそくさと顔を逸らした蛍が行き先を失った片手を上げる。
「朔」
ふわりと千寿郎の肩から浮いた朔ノ夜が、その手を軸に回る。
すると小さな体の大半を成す扇型の鰭から、ぷわり。と透明な球体が生まれ落ちた。
透明ながら、角度によって鮮やかな虹色を成す。
それは人の世の身近にあるシャボン玉に酷使したものだ。
ぷわり、ぷわりと徐々に大きさを増していくシャボン玉は、囲う蛍達の頭上で膨らんでいく。
最初は拳程の大きさだったものが。やがては神幸祭の目玉である神輿程の大きさまで。
「ぁ…姉上…このシャボン玉のようなものは…?」
「これを使うんだよ」
「え?」
「そろそろかな…じっとしててね」
空を浮遊する小さな黒い金魚から生まれる、巨大なシャボン玉。
傍から見れば異様なものだが、その姿形も相俟ってか不気味なものには見えなかった。
そもそもそのシャボン玉が害を成すものではないことは槇寿郎も知っている。
童磨の化身を倒したあの夜、実際にこの肌で感じたのだから。
今もまた、鬼特有の血鬼術の禍々しさは感じない。
「朔」
蛍の二度目の呼びかけ。
そこに合わせるように、朔ノ夜がひらりと身を捻り尾鰭を揺らす。
唐突な捻りの力により、大きく広がっていたシャボン玉はぷちん、と鰭から切り離された。
ふわふわと浮く軽いシャボン玉でも、空気よりは重い。
重力に従い柔らかく落下する先は──見上げていた千寿郎達だ。