第29章 あたら夜《弐》
「花火を一緒に見られなかった千くんに一番に見て欲しいんですっ折角なら楽しみにしてもらいたいから…っだから着くまでは内緒、です!」
「…姉上…」
圧のある槇寿郎の眼差しを前にしても蛍は退かなかった。
確固たる思いは、世界で一人の弟の為だ。
慕う姉の思いを向けられた千寿郎が、きゅっと唇を結ぶ。
声にならない感情を吐露するように、無言でこくりと頷いた。
「父上。祭りは言うなれば遊戯場。その延長線上とあれば、この場で一番幼い千寿郎に花を持たせてはくれませんか」
優しい手つきでその小さな頭に触れたのは杏寿郎だ。
更にこくこくと無言で何度も頷く千寿郎に、笑顔で尚もぽむちと杏寿郎の手が頭を撫でる。
「っ…僕、連れて行って欲しいです。朔ノ夜に」
その手に背を押されるように、口を開いた千寿郎がぎゅっと胸に拳を当てて思いを吐露する。
空に咲く花火に誰もが目を輝かせる中、一人だけ視線を落とし落ち込んでいた。
そんな千寿郎の姿を何より近くで見ていたのは他ならない槇寿郎だ。
故に強く否定することもできず、ぐっと歯を食い縛る。
「だ、大丈夫です。一瞬ですし。目的地はすぐ近くだから…ええと…多分!」
「ははは! なんとも曖昧だな!」
「だ…大丈夫。きっと」
杏寿郎に笑顔で指摘されながら、そわそわと蛍が袖に隠した紙切れに視線を落とす。
「姉上? それって──」
「よし! はい千くんっ」
「わっ」
なんだか見覚えのある紙切れに千寿郎が声をかけようとすれば、それより早く蛍が手を差し出した。
「私と手を繋いで下さい」
「手? こう…ですか?」
「うん。もう一つの手は杏寿郎と」
「うむ! では父上は俺とだな!」
「そう」
「何故俺が手など…痛ッ力加減をしろお前は…!」
「父上が手を離さなければ俺も不要な力は入れません!」
笑顔で上から鷲掴むようにして、杏寿郎が槇寿郎と手を繋ぐ。
ぎりぎりと締め上げるような不穏な音が鳴っていながら、握りしめる男の顔は心地良い風が吹きそうな程爽やかだ。