第29章 あたら夜《弐》
神幸祭の目玉は花火だったらしく、その後の祭りの風景は穏やかなものだった。
賑わっていた人混みも心なしか少し減っているようにも思える。
歩き易くなった広間の道を通り過ぎた蛍は、そのまま明るい祭りの風景からどんどんと遠ざかっていく。
「おい、一体何処まで──」
「父上」
千寿郎の手を引いて歩く蛍に、痺れを切らした槇寿郎が声をかける。
その前にと隣を歩いていた杏寿郎が、己の口元に人差し指を立てて遮った。
「千寿郎があんなにも楽しそうな顔をしているんです。見守りましょう」
大人しく蛍に手を引かれる千寿郎の後頭部の、まとめた髪の尾がぴょこぴょこと揺れている。
その目は真っ直ぐに蛍だけを見て逸らされることはない。
斜め後ろから見える口角は微かに上がり、金輪の幼い瞳は尚のこときらきらと輝いているように見える。
まるで夢中になれる遊びを見つけた幼子のように。
しかしそこで兄のように声を張り上げ感情を吐露しないところは、控えめな千寿郎らしさが表れていた。
いつもは大人びた千寿郎が、蛍の前では年相応な反応を示す。
はたまた控えめな性格から想像できない、強い意思で庇い立つこともできる。
その相手が鬼であることは気に食わないが、少なからず槇寿郎にも興味はあった。
ここまで息子達を変えた彩千代蛍という女とは。
「──此処辺りでいいかな…」
「ここ、ですか?」
「ううん、もう少し先」
「?」
木々が生い茂り、薄暗い道なき道へと入っていく。
やがて蛍が足を止めたのは、祭りの裏手のような茂みの中。
こんな所に何があるのかと千寿郎が頸を傾げれば、此処ではないと振り返った蛍が笑う。
「此処からは連れていってもらうから」
「連れていってもらう…?」
「えっと…杏寿郎」
「む!」
「と、槇寿郎さんも」
「……」
「皆、こちらに来て下さい」
開けた場所で手招きする蛍に、杏寿郎が返事一つで歩み寄る。
渋い顔をする槇寿郎の腕を引くことも忘れずに。
「父上、蛍がこちらへと!」
「煩いわかってる! 引っ張るな!」