第29章 あたら夜《弐》
「──…ぁにぅぇ…」
いつもは垂れ下がっている眉が、きゅっと眉間で溝を作る。
「…ぁね…うぇ…」
訴えたい程に喉元はぷるぷると震えているが、必死にそれを耐えているようだ。
「二人共…どこ、に…」
声変わりしたばかりのようや少年独特の幼声。
それがどんどんと震えを増すごとに、杏寿郎と蛍の顔はどんどんと真っ青に変わっていった。
「ぼ、く…捜し…て…っ」
「せっ…千寿郎千寿郎! 俺が悪かった! 俺が全部悪いんだッ!!」
「ごごごごめんね千くん…! 私の所為だから! 血で汚してしまったから…!」
ぐしりと千寿郎が目元を拭えば、途端に跳ね上がった二人の体は、わたわたおろおろと少年の周りを取り囲む。
秋夜の花火。
一年に一度だけのその鮮やかな夜空を、蛍は心ゆくまで堪能した。
愛おしいひとの腕の中で、あたたかく心地良い微睡みの空気を感じながら。
そうして目を釘付けて離さなかった人の手による太陽は、瞬く間に終わりを告げた。
その後我に返り慌てて身形を整えて千寿郎と槇寿郎の所へと駆け戻った。
すぐに合流はできた。時間にすればそこまで長くもない。
それでも幼い少年の目尻に涙を溜めるには十分な時間だった。
千寿郎は年齢以上に大人びた性格をしている。
我慢強さも杏寿郎のお墨付きだ。
ただの迷子であったなら、困ったように下がり眉を寄せて「しっかりしてください」の一言くらいで済んだだろう。
しかし千寿郎が何より望んだのは、一年に一度のこの花火を父や兄、そして姉と共に見ることだった。
それが叶わなかったのだ。
(このくらいで泣くなんて…情けない…っ)
娯楽の一つ、見過ごしたくらいで。
そう自分を詰るものの、俯いた顔は中々上げられない。
千寿郎にとって家族皆で初めて過ごす神幸祭だった。
それ故の涙であることは杏寿郎と蛍も知っている。
だからこそ顔を真っ青にして大人二人で慌てふためいた。
「ふん。たかが花び」
「わぁあっ!?」
「父上!! 今だけはどうか!!(口を謹んで下さい!!)」
ぼそりと槇寿郎が吐き捨てた言葉は、千寿郎に届く前に蛍の両手が幼い耳を塞ぎ、前に出た杏寿郎が青褪めた笑顔のままくわりと遮った。