第29章 あたら夜《弐》
どぉん、と鼓膜を打つ轟。
ぱっと視界一面を埋め尽くす鮮やかな火花。
花弁のように散り、ぱらぱらと儚い音を立てて散っていく。
赤に緑、金に白。
次から次へと昇る花火に、魅入る蛍の顔は色鮮やかに照らされた。
「…綺麗」
「気に入ってくれたか」
本来は父と弟とも観賞する予定だったが、今此処で彼らを捜しては折角の花火を見逃してしまう。
蛍が言うように、今だけは視線を上に上げていたい。
千寿郎に心の中で謝罪しながら、杏寿郎は抱く胸の中の蛍を見た。
「空がこんなに明るいの、初めて見た」
青に紫、橙に黄緑。
擬態した蛍の暗い瞳や髪を次々と鮮やかに変えては散っていく。
昼間に比べれば細やかな光だ。
それでも蛍が口にした思いの重みを、杏寿郎はつぶさに拾い上げていた。
鬼に成って初めて蛍が見た夜空なのだ。
空を明るく照らす世界は。
「人の手で作られた太陽みたい」
花火をその名の通り、花と例える者は多い。
唯一無二の日輪に例える者など初めて見たが、蛍だからこそだと納得もできた。
自分とは違う感性を持ち、予想もつかない言葉で綴る。蛍だからこそ。
「すごいね…綺麗」
改めてその美しさを口にする。
しかしただ花火を愛でるだけの言葉ではない。
蛍だからこそ感じる世界の美しさを、噛み締めているのだとわかった。
魅入る横顔が、花火に照らされる。
鮮やかに彩る度に、睫毛の、前髪の影が肌に陰影を残す。
一瞬だけ形作られる、陽と影の蛍の姿。
「嗚呼…とても綺麗だ」
真上の大輪ではない。
目の前にある愛しいひとの鮮やかな姿を目にしながら、杏寿郎もまた噛み締めるように静かに告げた。
見飽きることのない、叶うならばいつまででもこの瞳に映していたい。
人の手の日輪の下で、儚く華やぐ蛍の姿を。
自然と寄り添う二つの影は抱き合ったまま、いつまでも一夜だけの鮮やかな空を見つめていた。