第29章 あたら夜《弐》
点々と飾られた明かりは群を成し、祭りの広場を光の波に変えていた。
そこかしこと光の波を漂う人々は小さな貝殻や魚のようで、何処となく浮世離れして見える。
「…別の世界みたい」
「! だろう?」
初めてその世界を垣間見た幼い杏寿郎と、似た言葉を吐く。
蛍のその姿に嬉しそうにくしゃりと破顔させて杏寿郎は笑った。
「それに此処は反り屋根となっているから、下から見られることもない。辿り着けるのは羽根を持つ生き物くらいだ」
「あと人並み以上の脚力を持った人間とかね」
「うむ」
くすりと蛍が笑って杏寿郎を見れば、朗らかな空気が流れる。
煉獄家の屋根と同じに瓦で作られた三角の形をしているが、下にいくにつれて破風板(はふいた)が上に反り上がっている為に滑り落ちるような形はしていない。
反り屋根は杏寿郎達の足場となると共に、すぐ下の窓から顔を出して見上げても屋根の上を確認できない造りとなっていた。
「だが今宵は祭り日。皆の目は作られた明かりに釘付けだ」
「あ…だから天然の明かりって…」
先程二人で交わした言葉を思い出す。
並んで見上げる空の月は、いつもよりぐっと近い場所にあった。
「鮮やかな月夜だ」
見上げる金輪の双眸がゆっくりと下る。
白銀の光に照らされたいつもとは違う姿の愛しいものを目にして、穏やかに細められた。
「一等、綺麗な君がよく見える」
太陽の下では見られない。
月夜の晩だけ見ることができる、外の世界で息衝く君。
柔らかな声で紡がれた言葉はまるで愛を囁くようだ。
自然と熱くなる頬を照れ隠すように逸らしながら、蛍は会話を変えた。
「で…も、こんな所で…手早く済ませるようにするね」
「うん? 蛍は何もしなくていいぞ」
「だから口淫…え?」
何も、とは。
奉仕する気満々だったからこそ突拍子もない杏寿郎の返しに、逸らしていた顔が元の位置に戻る。
真正面から見れば、清々しい程の笑顔で杏寿郎は言った。
「俺がするから、君は身を預けてくれていればいい」