第29章 あたら夜《弐》
「するって…い、いいよ。私がするよ。貰う身だし、それに杏寿郎の手が汚れちゃうし…」
される図を想像して、蛍の顔が高揚とは別に赤く染まる。
今まで幾度か口淫はしたことがあるが、杏寿郎の手によりされたことはない。
それはそれで卑猥な構図だと羞恥してしまった。
「手くらいどうということはない。君の顔を汚すくらいなら」
「ぁ…なら私も、なるべく口は使わないようにするから…」
そういうことかと合点がいけば、回避の方法はある。
口を使わないようにして奉仕すればいいだけのこと。そう蛍が告げれば、杏寿郎はあっさりと頸を横に振った。
「いや大丈夫だ。そもそも蛍の口に注ぐ気はないからな」
「え?」
「顔は一番目にするところだろう? そんなところに己の欲をぶちまけては、最悪父上に見破られてしまう」
「そ…っ」
そんなことはない、とは言い切れなかった。
洞察力の高さは此の親にして此の子あり、のようなものだ。
息子との情事を見破られてしまうなど、例え自分が鬼でなくとも気まずい場面。
思わず口を閉じる蛍に、杏寿郎は爽やかにも見える笑顔で続けた。
「だから口ではなく、ここに」
「………え?」
蛍の膝裏を抱いていた腕の先。杏寿郎の掌が触れたのは、蛍の下腹部。
その意味を理解するのに一瞬時間を要したが、途端にぶわりと蛍の体の熱が上がった。
「え…え、と…」
「直接体の内部に注ぎ込むことでも蛍の糧になることは検証済みだからな。ここなら父上に痕跡を見つけられる可能性も少ない」
「…ぅ…ん…」
確かに顔より着物の奥底に隠れた体の中なら、とは思うものの。尚更体の熱は昂ってしまうのではないか。
そんな蛍の微かな不安をつぶさに拾い上げるように、杏寿郎は下腹部に触れていた手をそっと離した。
「大丈夫、すぐに終わらせる。君を執拗に苛めたりしない」
「…っ」
声色は優しいものだというのに、その言葉に日々の情事を思い出して体が熱を持つようだ。