第29章 あたら夜《弐》
つい先程見せてきた欲の覗く表情(かお)とは違う。
眉と目尻を下げた優しい微笑みを添えて、杏寿郎は深く頷いた。
熱を含んだ蛍の体を優しく抱き寄せ、あやすように背を撫でる。
不安なことは何もないと、言葉もなく告げられているようだった。
今下した決断は、何も間違っていないと肯定して貰えたような安心感。
体の力が抜ける。
身を預けるように蛍が体を傾ければ、軽々と杏寿郎の腕が抱き上げた。
「わ…っ」
「しかし場が悪いな。此処は見晴らしも良い。誰に見られているやもわからん」
「じ、じゃあ…何処か隠れられる場所…」
「うむ、少し高台へ行こう。今宵は祭り日。皆賑やかな明かりには目を向けても、天然の明かりには早々目を向けるまい」
「天然…?」
杏寿郎の頸に腕を回した蛍が頭を傾げれば、間近で見つめる双眸がふ、と柔く細められた。
「月の近いところへ」