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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第29章 あたら夜《弐》



「他人の目が気になるということは、それだけ俺のことを意識してくれているということだろう? 無自覚に己の魅力を持て余していて、だからこそ俺の為にと着飾ってくれて、俺の告げた言葉一つ一つに一喜一憂して意味と重みを持たせてくれる。そんな君が一等いじらしい」


 頸を傾げて顔を上げる蛍の頬を、そっと大きな掌が包む。


「一緒でなくていい。俺はそんな蛍だからいいんだ。蛍もそうだろう?」

「…うん」


 太陽のような情熱と明るさを持ち、時に追い付けない程の判断と決断力も持つ。誰をも惹き付けて止まないその姿は、杏寿郎だからこそ意味を持つのだ。

 とても同じにはなれない。
 だからこそ愛おしいのだと。


「…ごめんね。なんかいつも同じようやことで羨んじゃって」

「いいや。蛍も己の本質はしかと理解しているだろう?」

「本質…?」


 心は軽い。
 はにかみながら告げれば、しかし返された言葉に蛍は頸を傾げた。


「本気で嫌気が差しているなら、鬼の体だ。胸の大きさだって背の高さだって顔の形だって造り変えられる」

「……」

「しかし蛍はそれをしないだろう。ありのまま、生まれたままの姿で向き合い続けてくれている」


 それは本来あるべき自分の姿を蛍がしかと理解しているからだ。
 コンプレックスとなるものでも目を逸らさず、抱えて向き合っている。
 鬼の体を持ちながら、人として懸命に生きている証だ。

 そんな蛍だから、堪らず漏れてしまうその愚痴も杏寿郎には些細なもので、より愛おしく思うのだ。


「それに、そうでもないぞ」

「え?」

「先程蛍が気にしたのは、己の体が女として見られていなかったかもしれない。ということだろう」

「そ…っ」


 頬に触れていた手が、するりと頸の後ろに回る。
 そのまま引き寄せられて、唇が触れ合う擦れ擦れに杏寿郎の顔が近付いた。


「俺はいつでも蛍の体に欲情する」

「…ッ」


 洞察力が鋭過ぎるのは時として毒だ。
 一度味わってしまえば溺れてしまう、甘い毒。

 かぁ、と顔を一層赤く染め上げて、蛍は返す言葉もなく襟巻に顔を埋めた。

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