第29章 あたら夜《弐》
「邪魔にはなるかもしれないが、乾くまで肌との間に詰めておこう」
「えっそんな、これ瑠火さんのものなのに…っ」
「だからなんだ。君の暖を取る為に渡したものだぞ。こういう時に使わなくてどうする」
肌触りのいい瑠火のショール。
それを蛍から取り上げて、濡れた着物の胸元に詰める。
乱れて大きく開いていた胸元は、薄いショールもなんなく差し込める。
瑠火のものだからと遠慮する蛍をさらりと流して、杏寿郎はショールの端を残して詰め込んだ。
「それでは他人の目を引いてしまうな…これを上から巻いておこう」
「そ、それじゃ杏寿郎が寒いんじゃ…」
「今日は風もない日だ。襟巻がなくとも寒くはない」
しかし見た目には明らかに不格好なもの。
それを隠す為にと上から己の巻いていた襟巻を蛍の顔周りに巻き付けていく。
男物の大きめの襟巻をぐるぐると巻けば、忽ちに蛍の口から下と肩周りを覆い隠してしまった。
もっこりと襟巻に埋まる顔は、ちょこんと顔を出した小動物のようで愛らしさが募る。
しかしショールを詰め込んだ胸元は隠れると、まるで豊かな乳房を得たかのように見えなくもない。
「…甘露寺のようだな」
「どういう意味?」
己の顎に手をかけ目を細めて見てしまう。
ぼそりと告げた杏寿郎のその感想に、蛍も思わずジト目で返した。
「どうせ私は蜜璃ちゃんみたいに胸大きくないですよ…」
「む…っそういうつもりは」
「胡蝶も何気に胸あるもんね…柱は豊満じゃないとなれない決まりでもあるのかな」
顔を半分襟巻に埋めたまま、ぷいと蛍がそっぽを向く。
周りが何かとスタイルの良い女性が多い為か、胸の話となると蛍は渋い顔をする。
その反応がなんとも愛らしいと思ってしまうのだが、蛍本人には逆効果だ。
「宇髄さんちの奥さん方も凄く良い体してるし。柱のお嫁さんって皆あんな体じゃないとなれないのかな」
「っそんな訳ないだろう!」
小さなその呟きに盛大に反応してしまった。
握り拳を作って詰め寄る杏寿郎に、ぽかんと蛍の目が丸くなる。