第29章 あたら夜《弐》
「ということで! 千寿郎、場所の確保を頼んでもいいだろうか!」
「場所…っはい!」
笑顔で声を張り上げる杏寿郎に、つられるように千寿郎の背筋が伸びる。
場所とは、と蛍が頸を傾げれば、背を向けたままの杏寿郎に手を握られた。
「一先ず蛍はその血を落とすことが先決だ。父上、千寿郎をよろしく頼みます」
「っまだ話は」
「同じ内容でしたら、答えは既に決まっています。俺にとっても蛍の希望は優先事項です。申し訳ありません」
「大丈夫です兄上。俺が父上と共にいますから」
いつもは父の機嫌を伺うようにびくびくしていた千寿郎が、いつも下がり気味な眉尻を上げて告げる。
その姿に杏寿郎は笑みを深めると、これ程頼りになるものはないと頷いた。
「流石我が弟だ。任せたぞ」
「はいッ」
何か言いたげな表情を残していたものの、最後には「勝手にしろ」と吐き捨てて槇寿郎は背を向けてしまった。
不安要素は残るが、手を引く杏寿郎の笑顔に曇りはない。
その太陽のような笑顔を見ていると引力に引き寄せられるように己の悩みも消えてしまうのだ。
早く綺麗にして早く戻ろうと、蛍も温かい大きな掌を握り返した。
「──…ああ、これ…」
適所はすぐに見つかった。
槇寿郎に指摘されたように、頭は血に中てられたように揺れている。
人のいる場所は避けた方がいいと決断も早く、人気のない小川の傍まで足を運んだ。
血の滲んだ胸元を探れば原因はすぐに見つかった。
八重美の協力もあって譲って貰った、母、静子の稀血。
それが入った小瓶が欠けていたのだ。
誤って落とさないようにと懐に大事にしまっていたのが逆効果だった。
恐らく先程の少年との衝突で欠けてしまったのだろう。
すっかり小瓶の稀血は空となり、着物に浸み込んでいる。
すん、と匂いを嗅げば強い酒に当てられたように頭が再び揺れた。
実弥程の強い血でなくとも、稀血は稀血。
数滴でも鬼の理性を崩そうとするには十分な力を持っている。