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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第29章 あたら夜《弐》



「どうしたのっ?」

「ぁ…少し指を切ってしまっただけで。大丈夫です」

「少しじゃないよ、ちゃんと止血しないとっ」

「ぁ、姉上」

「ん?」


 薄らと赤い線を指先に走らせる千寿郎に、急いで蛍が手荷物からハンカチを取り出す。
 包むように両手で千寿郎の手を握れば、本人は痛がる様子はないもののどこかぎこちない。

 何、と疑問を口にしようとした時だ。


「触るな」

「っ」

「父上…っ」


 千寿郎の肩を掴み、突き放すように蛍を押し退けたのは骨張った大きな手。
 遠巻きに傍観していたはずの槇寿郎だった。


「血を見ていつ牙を剥くかもわからん。千寿郎も安易に近付くな」

「姉上はこれくらいで僕に牙など…っ」

「大丈夫。千くん」


 千寿郎がぎこちなかったのは、少なからず槇寿郎と同じ思いに至ったからだ。
 槇寿郎のような危惧ではなく、蛍自身への心配だったが、それでも二人が目を止めたのは出血による鬼の変化。


「暫くは近付かないようにしますから。槇寿郎さんも、ご忠告ありがとうございます」


 それは蛍も同意だった。
 折角楽しめているこの空気を、些細なことで壊したくはない。

 笑顔で両手を横に振り、気にした様子もなく頭を下げる。

 血液ではないが、それに代わるものなら杏寿郎から定期的に摂取している。
 千寿郎の少量の出血では理性を失うにも至らない。

 それでも優先すべきは槇寿郎や千寿郎の心だ。
 ようやく親子揃って祭りの場に足を向けられたのだから。


「大丈夫か? 蛍」

「うん、本当に大丈夫だよ。喉も乾いてないし」

「そこではない」

「?」

「ここだ」


 歩み寄った杏寿郎が、笑顔を消して蛍の様子を窺う。
 笑顔で頸を横に振れば、何故か胸元を指差された。

 何か、と視線を下げた蛍の目に、じわりと滲むそれが映る。

 千寿郎の指を掠めたものと同じ。
 深紅の赤い血が、真新しい着物生地の内側から微かに滲み出ていたのだ。

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