第29章 あたら夜《弐》
慌てて木箱を手にして中を覗く。
打ち所が悪かったのか、見事に割れ落ちていたのは黒の江戸切子グラス。
隣で転がる瑠璃色のグラスは汚れてしまったものの割れてはおらず、ほっと蛍は胸を撫で下ろした。
「なんだ…よかった」
「よくありませんっ!」
「わっ」
そんな蛍とは正反対に、声を張り上げる千寿郎は喪失したような顔だ。
「折角、姉上がお揃いで買ってくれたのに…っ」
「そ、そう? でも私のコップはあっても使い物にはならないし。それより槇寿郎さんのコップが割れなくてよかった」
「それは…そうですけど…でも」
「大丈夫だよ千くん。私は本当に気にしてないから。ついでのつもりで買っただけ」
膝を抱いて、割れたグラスの破片を拾う。
蛍のその隣でしゅんと落ち込みながら、千寿郎も並んで屈み込んだ。
「ならば俺が蛍のコップを買い足してこよう!」
「いいよ、そこまでしなくても。菊繋ぎのコップは四組でお揃いみたいだから、代わりはなかったし」
「む…そうなのか?」
「うん」
向かいで屈み込む杏寿郎もまた、蛍の言葉に眉間に皺を作る。
「そうなのか…折角君とのお揃いができたというのに…」
「だからそんなに気にすることで…も……そんなに気にする?」
「うむ…」
「はい…」
ずぅん、と落ち込む二つの焔色の頭に、蛍は思わず二度問いかけた。
多少残念に思うものの、蛍自身はそこまで凹んでいない。
元々買ったとしても見て楽しむくらいで、自分用のグラスの使い道はなかった。
それよりも槇寿郎の為にと買ったグラスが無事な方がもっとずっと嬉しいのだが。
どうやら煉獄兄弟は違ったらしい。
「(ええと…)…じゃあこの破片をくっ付け合わせれば、どうにか形は戻るんじゃないかな」
「ここまで割れていては難しいですよ…」
「そうかな…あ、千くんは危ないから手伝わなくていいよ」
「それを言うなら姉上もでしょう」
「私の体は頑丈だから平気。それより残りのコップが割れないように持っていてくれる?」
「でも──」
しょんぼりと肩を落としたまま、蛍に習い割れたグラスを拾う。
千寿郎のその指が、鋭い切り口を掠めた。
「ぃたっ」