第29章 あたら夜《弐》
祭りにはしゃいで駆け回っていた小柄な体は、急な衝突に止まれない。
ひゃあ、と声を上げて勢いのままに転ぶ体に、咄嗟に振り返った蛍は両手を広げた。
「んぷっ!?」
「っん」
「むっ」
「姉上!」
どしん、と地面に着く尻餅。
しかしそれは蛍のものではなく、迎え入れるように抱き止めた杏寿郎だった。
本来なら地面に触れずに抱きとめることができただろうが、深い赤みのグラスを片手にしていた為上手く立ち回れなかった。
グラスを放る訳にはいかない。
かと言って背中から倒れる蛍を見過ごす訳にもいかない。
結果、見知らぬ少年・蛍・杏寿郎の順で揉みくちゃに重なり、地面に座り込む形となった。
「大丈夫ですかっ?」
「う、ん。私は。君は、大丈夫?」
「あ…ご、ごめんなさいっ」
「怪我がなかったらいいの。杏寿郎もありがとう」
「うむ。二人が無事なら何よりだ」
勢いのまま蛍の胸に顔を埋めていた少年が、ぺこぺこと慌てて頭を下げて立ち退く。
見た目にも怪我がないことに安堵しながら、蛍もぱんと着物の裾をはたいて立ち上がった。
「小吉ーっ」
「ぁ…」
「あれ、お父さんとお母さん?」
「うん」
「じゃあ早く戻らないとね。心配かけないように」
「その…ごめんなさい」
「大丈夫だから。今度は前を見て走ってね」
「…うん」
祭りにはしゃぐ気持ちはわかる。
駆け回るなとも言わない。
今度は前をきちんと見ていられるなら。
そう笑顔で告げる蛍に、そわそわと手持ち無沙汰に指を握り合わせながら少年は親の下へと駆けていった。
千寿郎よりも幼い少年だ。
叱る気にもならないと、蛍は笑顔を残したまますっきりとした表情で見送った。
「あ…ッ」
そこに不穏な空気を落としたのは、心配そうに見ていた千寿郎だ。
「姉上のコップが…!」
「え?」
咄嗟に少年を抱きとめた時、抱えていた木箱のことまで考えてはいなかった。
千寿郎の声に振り返れば、ひっくり返った木箱の下で砕け散った硝子の破片が見える。