第29章 あたら夜《弐》
「姉上、あの…」
「うん。千くんはこれ」
「わぁ、綺麗な…これは、琥珀色ですか?」
「よくわかったね。流石千くん」
落ち着いた黄の色は、刻まれた菊繋ぎを尚鮮やかに彩る。
嬉しそうに呟く千寿郎に、蛍はそっとグラスを手渡した。
「杏寿郎のコップと同じで、光の反射で凄く綺麗に輝くの。千くんの髪みたいに」
「…ほんとだ」
「気に入ってくれた?」
「はいっ僕これ沢山使いますねっ」
「うん。そうしてくれると嬉しい」
飾るよりも使っていて欲しい。
生活の一部に溶け込むように。
それを望んで頷く蛍の手元に残ったのは、瑠璃色のグラスの隣に並ぶ更に深い沈んだ色。
「ではこれは…」
「あ…うん。…今は、使い道はないんだけど…いつか、使えたらいいかなって…」
漆のような光沢を乗せた、黒い江戸切子のグラス。
申し訳なさそうに、ほんの少し照れも入り混じったように。サイドの髪先を指先で握りながら蛍はぽそぽそと告げた。
「蛍用の湯呑ということかっ?」
「コップです、兄上っ」
「む。蛍のコップだな!」
「う、うん」
自分もお揃いで物を持ってもいいものか。そんな不安さえ感じさせない杏寿郎と千寿郎の笑顔に、ほっと息つく。
〝形〟というものに今まで拘ってこなかったが、そういうものがあってもいいものだと思えたのだ。
千寿郎の年相応に貯金箱を強請る姿や、花言葉と共に着物を贈ってくれた杏寿郎の姿に。
自分も何か形に残る贈り物をしてみたいと、純粋にそう思った。
「しかし何故蛍は黒なんだ? もっと愛らしい色でもよかっただろうに」
「そう? 私この色好きだよ」
「影鬼も同じ色ですもんね」
「言われてみれば確かに…それに、ね」
ドンッ
続けようとした蛍の声は、小さな衝突に消された。
周りは人の賑わう波ばかり。
故に無邪気な子供の歓声も特に気にならなかった。
気付いた時には、前を見ずに走っていた幼子が蛍の腰にぶつかっていたのだ。