第29章 あたら夜《弐》
蛍ならばそれを理解して単独行動などしないはずだ。
「何故──」
「あ。おーい」
「…蛍?」
だから何故、と。
杏寿郎の眉間に皺が刻まれようとした時、少し離れた所でひらひらと片手を振る蛍を見つけた。
「あれ…姉上? いつの間にあんな所に」
「これ買ったらすぐそっちに行くから。ちょっと待っててー」
人混みがある為に声は上げなければならないが、そこまで張る必要もない。
そんな目も声も届く距離でのほほんと一人買い物をしていた蛍に、杏寿郎の肩と眉尻が下がる。
槇寿郎もまた気が削がれたかのように、深い溜息だけで顔を背けてしまった。
「なんだ…其処にいたのか」
「お待たせ。ちょっと気になったものがあって。…あれ、もしかして捜してた?」
「一瞬君の姿を見失った気がしたからな。驚いただけだ」
「ごめん、一言かけて行けばよかったね。見つけた瞬間これだって思ってしまって」
蛍が両手に大切そうに抱えているのは、真新しい小さな木箱。
出店の料理を買ったようには見えないし、そもそも蛍は人間の食事は口にしない。
一体何を買ったのか。
小走りで戻ってきた蛍に杏寿郎と千寿郎が興味深く目を向ければ、ぱかりと目の前で蓋が開かれた。
「これは…」
「硝子の…入れ物、ですか?」
「コップだね。飲み物用の」
「何故それを?」
「なんだか硝子の光り具合が、さっきの……んん」
「姉上?」
「えっと…風鈴、みたいで」
「風鈴ですか?」
「うん。前に見た、ね。江戸風鈴に似てるなぁって」
千寿郎は蛍が杏寿郎と風鈴回廊を見物した事は知らない。
言葉を濁しながらも、蛍は苦笑混じりに箱の中身を千寿郎へと寄せた。
「千くんを真似る気じゃないけど、私もいいなって思ってたの」
「何がですか?」
「この日の思い出を形にすること」
千寿郎が望んだ射的の貯金箱は手に入らなかった。
だからこそ別のもので形にできないかと望んだのだ。