第29章 あたら夜《弐》
「さて、次は何をしようか」
「まだいいんですか? 兄上」
「勿論だとも。夜はまだまだ長いぞ」
笑顔で頷く杏寿郎に、千寿郎の顔が綻ぶように笑顔を灯す。
その空気につられるように顔を上げた蛍は、きらりと光る"それ"を見つけた。
(──あ)
特に目立った訳ではない。
ただ自然と視線が導かれただけだ。
つい先程、優しい音色を奏でる風鈴回廊を堪能した所為なのか。
「そういえば兄上、あれは…」
「…うむ。そろそろだとは思うのだが…父上、場所を移動してもいいでしょうか」
「…まだ何かする気か」
「するというよりも、先程の影絵劇と同じに観賞するようなものです。父上が望むならまた射的に行きましょうか!」
「絶対にやらん」
「ははは! そう遠慮なさらずに!」
「この顔が遠慮で言っていると思うかッ」
「ふふ…っ」
普段なら恐々と様子を見てしまう槇寿郎の険しい顔も、周りの空気に染まっている所為か然程怖くはない。
楽しげに笑う兄につられて千寿郎も含み笑いながら、隣に立つ蛍に目を向けた。
「姉上、見てくださ──……姉上?」
父と兄を指差しながら笑顔で語り掛ければ、其処に立っているはずの蛍の姿がなかった。
ぽつん、と落ちる千寿郎の疑問の呼びかけに、傍にいた親子の掛け合いもぴたりと止まる。
「千寿郎、蛍は」
「それが、つい先程まで此処にいたと思うんですが…いなくて」
「何?」
杏寿郎を邪険にしていた時よりも、槇寿郎の声が低く変わる。
鋭い眼孔が辺りを捜すように見渡した。
「だかは鬼から目を離すなと」
「父上、蛍です。この場でその呼び名は如何なものかと」
「フン。鬼は鬼だ。それよりさっさと見つけ出せ。腹でも減らして人間を物色に行ったのかもしれんぞ」
「それはありません。飢餓が出た時は真っ先に俺に伝えるはずですから──」
がらりと変わる二人の空気に、杏寿郎の双眸も鋭く辺りを見渡す。
幼い千寿郎がこの人混みで迷子になることも心配だが、何より一人にさせていけないのは蛍だ。
いつもなら問題はないが、今この場には槇寿郎がいる。
何かあればすぐさま蛍を悪鬼と見做してしまう元柱の前では、不穏な動きを見せてはならない。