第29章 あたら夜《弐》
「あの牛鬼、元気になれたかな」
凡そ他の者なら止めないようなところに目を止め、ぽつりと先を案じるように呟く。
そんな蛍の姿にきょとんと目を合わせた杏寿郎と千寿郎は、同時に柔く頬を緩ませた。
「そうだな。きっと元気になれたことだろう! 湖の中で楽しく機織りをしていたと思うぞ!」
「僕もそう思います。じゃなきゃあんな綺麗な音色を奏でられないはずです」
拳を握って威勢よく伝えてくる兄弟に、蛍も頷き笑った。
目の前にいる二人がそうだ。
鬼である自分をありのまま受け止めてくれた二人がいたのだから、きっとあの牛鬼にとっての親子がそうだったのだろう。
「素敵なお話だったなぁ。また見たい」
それがこの鬼が蔓延る浮世でも語り継がれていることが、なんだか胸の内を軽くさせた。
政府非公認である鬼殺隊の存在は、警察のように当然に一般市民に知れ渡っている訳ではない。
同時に悪鬼の存在も、知らずに生きている人間はごまんといる。
それでも、鬼は悪だけではない。そう捉えてくれる見知らぬ人もいるのではなかろうか。
そんなふうに思えたから。
柔く綻ぶ蛍の視界に、人の群が離れ目立つもう一つの焔色の頭が映り込んだ。
「槇寿郎さん」
咄嗟の出来事で驚き飛んでいたが、あの時確かに最初に動いてくれたのは槇寿郎だった。
「ありがとうございました。助けてくれて」
「…お前が村の人々に下手に手を出さんようにする為だ。勘違いをするな」
「はい」
指先が触れてしまった見知らぬ村人を助ける為の行為であっても、槇寿郎が優先したのはその場の空気だ。
劇を楽しみ、夢中になっていた千寿郎達を邪魔するまいと。だから最小限の行為だけで蛍を杏寿郎に預けたのだろう。
邪険にはしていても、無碍にはしていない。
息子達との祭りのひと時を槇寿郎なりに捉えている気配が感じ取れたからこそ、蛍は笑みを絶やせなかった。
(やっぱり槇寿郎さんは、家族思いの人だ)
大きな愛を持つことができる人だと。