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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第29章 あたら夜《弐》








 ──昔。とある山中に、美しい娘が漁師の父親と二人で暮らしておりました。

 人里離れた親子の家の近くには、とても綺麗な湖がありました。
 透き通った泉が湧いていて湖畔の静かな場所でしたが、人里の村人達は誰一人近付こうとはしません。
 何故ならその湖には、恐ろしい鬼が住んでいるという噂があったのです。

 ある時娘は、漁に出ては帰りの遅い父を待つ間、里の娘達のように機織りがしたくなり、頼み込んで機織り機を買ってもらいました。
 しかし機織りには横糸を通す為の道具である杼(ひ)が欠かせません。
 良い杼を作るには、滑りの良い丈夫な素材が必要となりますが中々見つかりません。

 どうしたものかと娘が湖の傍らで途方に暮れていると、透き通った水底に白い何かを見つけました。
 形は先が尖った牛の角のような形をしており、白んだ滑らかな素材は今まで見てきたどの木材とも違います。
 一目見た時から、娘はこの素材が杼を作るのに適したものだと直感しました。
 喜び勇んで持ち帰り父親に頼み込むと、上質な杼を作ってもらうことができました。

 この杼はとても滑りが良く、また機織りの糸の間を通せばその度にぽろんぱらんと不思議な音を奏でるのです。
 村里離れた娘の家には、自然とその摩訶不思議で綺麗な音色を聴きに里の者達が顔を見せるようになりました。

 すっかり娘の機織りの腕が人々の間で評判になった頃。その日も娘は一人、摩訶不思議な音色を響かせながら機織りに夢中になっていました。

 ぽろん、ぱらん、ぴれん、ぽろん。

 不思議な音色につられて村人達が手を上げ足を踏み鳴らし踊ることもありました。
 その日も機織りの音色につられたのか、見知らぬ男が楽しげに一人で踊っていました。

 しかしその男は娘の知らない余所者でした。
 玄関の戸を開けてもいないのに、いつの間にか家に上がり込み娘の後ろで踊っているのです。

 ぴれん、ぱらん、ぽろん、ぴれん。

 声も上げずににこにこと笑い続ける男の姿に気付いた時、娘は怖くなりました。


『里の御方ですか?』


 恐怖を悟られぬようにと、機織りの手を休めることなく娘は思い切って問いかけてみました。
 しかし返事はありません。

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