第29章 あたら夜《弐》
人が立つには小さな舞台。
そして舞台となる場は"広場"ではない。
白い布が張られた壁のようなものとして、劇場は其処に建っていた。
「何? あれ…あれが劇なの?」
「ふむ。布に明かりに…暗闇。成程」
「え、杏寿郎は知ってるの?」
「恐らくあれは影絵劇だろう」
「かげえげき?」
「姉上、知りませんか? 影で登場人物や風景をあの布に映して演じるものです」
「聞いたことは、あるような…」
ふつ、ふつと。道端の周りの灯りが消えていく。
意図的に暗い場所に設置されていた劇場だったが、周りの灯りが無くなれば尚、その布を後方から照らしているであろう明かりだけが映える。
「でも私も見るのは初めて──」
ふ、と最後の灯りが消える。
その一角だけに作られた暗闇に、一つの光を携えた空間。
自然と会話を止める村人達に、蛍も口を閉ざした。
不意に一つだけ明かりを灯した白い世界に、黒い影が映り込む。
まあるく、波紋のようなものを浮かせた影の絵は、ただの影ではなく。
(あれは──…湖?)
近くに指程の小さな人の影のようなものが映り込めば、壮大な湖に佇む一枚の絵へと変わった。
布の傍らに、黒子のような顔布をした人が立つ。
それは語り部(かたりべ)のように、静々と影絵の題目を口にした。
「──〝鬼の角〟」
ぴくりと耳と視線を微かに震わせたのは、鬼と呼ぶべき蛍だけ。