第7章 柱《参》✔
「かつては愛していたものを、仲間と、友と、家族と思っていた者を、餌としてしか見られなくなる。そのちぐはぐな感情を保ったまま生きていけば、鬼もいずれは死んでしまう。体の前に、心がね。だから失くすんだ。餌として人を貪れるように。己の強さの誇示の為に」
その人の言うことは、なんとなく理解できた。
私も人間の時の記憶が無ければ、きっと不死川実弥が差し出した稀血の子供の腕も、不死川実弥自身の血も、簡単に貪っていたはずだ。
「だから君は凄いんだよ。蛍。人の時の記憶を、そうも鮮明に繋いだまま鬼になった者は見たことがない」
「……別に、凄くなんか…」
ただ私が忘れたくないだけだ。
忘れてしまったら、私が鬼になってまで命を繋いだ意味を見失ってしまう。
それは私には"生きている"とは言わない。
「私は…ただの、鬼です。大切な人だって、この手で失ってしまった…人、の…血の味も…知っている」
凄い鬼だなんて言われても、嬉しくもなんともなかった。
それであっても所詮は鬼だ。
人間と違うことに変わりはない。
顔が下がる。
握る拳に力が入る。
「貴方達に、殺されるだけの理由は十分に、ある」
命乞いができるだけの真っ当な理由なんて、私にはないんだ。
「…その葛藤だけで、私には十分価値のあるものだよ。君は、他の鬼とは違う」
違うって、なに?
私は他の鬼を見たことがないから、よくわからない。
じゃあその"凄くない"方の鬼は、殺されても仕方ないの?
「…っ」
駄目、だ。思考が滅茶苦茶だ。
殺されて当然だと思ってるのに、鬼の在り方について否定なんてできるはずもないのに。
鬼なんてと思うのに、その鬼を弁護しそうになるなんて。
「その迷いも、苦悩も、哀しみも、君が鬼でありながら人の心を持ち得ているからだよ。だから繋ぎ切れないちぐはぐな思いに悩まさせる」
まるで私の心の中が視えているようだった。
この人の見えない眼は、きっと別の何かを捉えている。
…でも。
「それの、何が凄いんですか…? 自分の生き方も見つけられていないのに…胸を張れる生き方なんて、したこともないのに」
私は、私を誇れたことなんて一度もない。
だからお館様のその声も響きはしなかった。