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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第7章 柱《参》✔



「やっぱり憶えていないようだね」

「っす、すみません…」

「いいんだ、謝らなくて。憶えてないのも無理はないだろうから」

「?」


 どういうことだろう。
 そう目で問えば伝わったのか、彼は親切に教えてくれた。


「初めて義勇が蛍を連れて帰って来た日のことだよ。変わった鬼を保護した、との情報は前もって聞いていたからね。あまり驚きはなかったけれど…でも、君に会って驚いた」


 保護…義勇さんは、やっぱり私のことを捕獲じゃなく保護として連れて来てくれたんだ…。
 姉さんを失ったことと、血の惨劇と、自分の鬼化で、意識は朧気で余り記憶になかったけれど。


「手枷も口枷も何もない無防備な姿なのに、君は義勇や私の傍で食人衝動を一切向けなかった。そして更に、私の声にも一切の反応を示さなかった」


 声…?
 そういえば、この人の声は不思議な感じがする。
 聞いているだけで、なんだか高揚するような…ふわふわとしたものに包まれるような、そんな、形容し難い不思議な雰囲気がある。
 ずっと聞いていたくなるような…そんな声。

 だけどやっぱり、憶えていなかった。


「君の心は、親しき者の死で潰されていた。だから私の声も届かなかったんだ。…それがどんなに凄いことか、わかるかい?」

「……普通は…そうじゃ、ないんですか…?」


 誰だって、唯一の肉親を失くせば虚脱もする。
 私にとっての世界は姉さんだった。
 そんな私の世界を失ったのに。
 大きく空いた胸の空洞を、すぐに埋めることなんて誰だってできない。


「そうだね…人間なら。でも君は鬼だ。それは紛うことなき真実」


 す、と徐に人差し指を立てると、その人は己の口元へと寄せた。


「ひとつ教えてあげよう。鬼はね、蛍。その超人をも超えるような肉体と生命力を手に入れる代わりに、人としてなくてはならないものを失うんだ」


 なくては、ならないもの?


「"こころ"だよ。何かを慈しみ、愛していたかつての感情。強い鬼になればなる程、その"こころ"は置き去りにされていく。そして記憶喪失のように、人の時のことを忘れてしまう鬼がほとんどだ。何故か、わかるかい?」


 何故か、って…


「…ひと、を…喰べる、から…?」

「そう」

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