第29章 あたら夜《弐》
深々と重い溜息は一つだけ。
しかし僅かに眉間に寄っている皺は刻まれたままで、蛍はとんと人差し指でその眉間に触れた。
「よくわからないけれど、杏寿郎の器が大きくても小さくても問題ないよ」
「む?」
「だって沢山の人に愛されているでしょ」
ちらりと、蛍の視線が一瞬圷を追う。
「圷さん、腹の底が見えない感じがして少し苦手だったけど…さっきは見えた気がした。杏寿郎を頼みますって言われた時」
「…そうか?」
純粋に疑問を口にする杏寿郎に、蛍はくすりと笑みを零した。
「そうだよ。杏寿郎は自分のことには本当に疎いよね」
「む…彼は宇髄のようなところがあるからな。掴みどころがない」
「ふふ。じゃあやっぱり、あれも圷さんの顔だったんだろうなぁ」
「何故わかる?」
「天元は私が鬼だから、そういう態度は見せてこないけど…三人も奥さんを抱えられる音柱様は、女性には優しい顔ができるでしょ?」
「…成程」
柱仲間には見せない、雛鶴達にだけ見せる天元の顔は杏寿郎も知っている。
天元がそうだからと言って圷まで同じだとは思わないが、それでも蛍に見せた先程の顔はその場凌ぎのものとは思えなかった。
「杏寿郎は愛されてるよ。この村の人達に。仏頂面の槇寿郎さんが一緒にいても、皆気さくに絡んでくれるでしょう?」
「…千寿郎がいるからな」
「そうかなぁ。私が赤の他人だったら、見た目がそっくりでも父親が小さな男の子に乱暴してたら保護した方がいいかなって思っちゃうけどな」
「……」
「それをしないのは皆好いてくれてるからだと思うよ。杏寿郎のことも、家族である槇寿郎さんと千くんのことも」
短冊を握る指先を背中で絡めて。行き交うこの土地に生きる人々を眺め渡した蛍は、最後に杏寿郎を見上げて笑った。
「ね。愛されてるでしょう」