第29章 あたら夜《弐》
「健気なところはやっぱり健気だねぇ」
身振り手振りからしても、伊武家のような身嗜みの良さは感じられない。
極々一般家庭の町娘だったのか。圷には定かではなかったが、本来なら煉獄家と並ぶような家の者ではなかったことは確かだと悟った。
それでも杏寿郎の隣に並ぶ為に己を研磨しているのだろう。
その為には駒澤村の人々とも寄り添おうとしている。
良い出会いをしなかった己の初めましての握手に、応えてくれたのが良い例だ。
「ふーん…良い女を見つけたな旦那」
「やらないぞ」
「はっは! 奪える気はしねぇや」
からかい半分、本音半分。おどけて告げれば、見開いた双眸でこちらを貫き笑う炎柱が其処にいた。
老若男女問わず人気のあるあの男が、視線で圧をかけてくるぐらいには己を曝け出している。
そこまでの顔を見せられたら、手も足も挟む隙間はないだろう。
からからと声を上げて圷が笑えば、頸を傾げた蛍が歩み寄って来た。
「どうしたの? 二人して楽しそうに…」
「蛍さんは大した女だなぁ」
「え?」
「圷殿」
「おお怖い怖い。その目で殺さないでおくれよ。ほら、蛍さんじゃ風鈴に手が届かない。若旦那手伝ってやりな」
夫婦喧嘩は犬も食わぬ。とはまた異なるが、横槍を入れたところで名も性格も豪快なこの男の圧を感じ続けるだけだ。
さっさと退散するに限ると、圷はぽんと軽く杏寿郎の背を叩いた。
「次のお客さんも待ってるんで。それじゃ、蛍さんもまた」
「あ、はい」
「煉獄の旦那をよろしく頼むよ」
「…はい」
ひらりと片手を振り去っていく。
圷の最後の声色はどこか優しかったように思う。
短冊を手にしたまま蛍が細いその背を見送っていれば、隣で重い溜息が届いた。
「…杏寿郎?」
「…己の器の小ささを実感しているだけだ…」
「何それ」